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【 解読『おちょやん』】歴史的ダメ親父登場で千代の運命が動き出した

碓井広義メディア文化評論家
(写真:grandspy_Images/イメージマート)

NHK連続テレビ小説『おちょやん』で、8年ぶりに千代(杉咲花)の前に現れた、朝ドラの歴史に残る「ダメ親父」テルヲ(トータス松本)。その「悪だくみ」がきっかけとなり、千代の運命が再び動き出した第4週(12月21日~25日)です

歴史的ダメ親父、現る!

先週末、『おちょやん』第3週のラストで現れたのは千代(杉咲花)の父親、テルヲ(トータス松本)でした。幼い千代を家でさんざん働かせ、学校にも行かせず、後妻との暮らしの邪魔になると奉公に出したテルヲ。朝ドラの歴史に残りそうな、本格派の「ダメ親父」です。

そして、「第4週」の冒頭。

「迎えに来たんや、一緒に去(い)の。(弟の)ヨシヲと三人で暮そう」と猫なで声で誘いますが、千代は「一生、許さん」と追い払います。

千代は知りませんでしたが、テルヲが来たのは、やはり自分が抱える多額の借金のためでした。

9歳で「岡安」に奉公に入り、8年間懸命に働き、ようやく年季が明ける千代を、また別の奉公先に送り込もうというのです。いや、ハッキリ言えば、再び「娘を売り飛ばす」のが狙い。あまりに理不尽で自分勝手です。

これからも「岡安」で働き続けようと決めていた千代ですが、心は揺れていました。夜、遊びにいこうとする天海一平(成田凌)と顔を合わせた際、ふと本音をもらします。

「一緒に暮そうて言われたとき、嬉しかった」

その一方で、「この8年はなんやったんや。(嬉しいと思った自分が)こないに悔しいこと、あらへん」

この複雑な思い、二律背反に苦しむ姿に、千代のやさしさとせつなさが表れていました。

親父の悪だくみと千代の決意

千代に断られたテルヲは、居酒屋で借金取りの男たちに向って「奥の手があんねん」などと言っています。それをたまたま聞いたのが一平でした。

再び千代に近づくテルヲ。弟のヨシヲが病気だが、金もなく、医者に診てもらえない。千代に働きながら面倒をみて欲しいと迫ります。本当は弟の病気も嘘なんですけどね。

「お父ちゃんとヨシヲには、お前しかおらん」と泣き落し作戦ですが、その様子も一平は目撃してしまいます。

いつもの居酒屋で向き合っているのはテルヲと一平です。

新たな奉公の話は、単なる借金返済のためであることを、千代に教えると言う一平。なぜ、そこまでするのかと聞くテルヲ。「あんたみたいなアホな親見てたら、我慢でけへん、それだけや!」と一平。

一平を追って居酒屋にきた千代が、2人の話を聞いていました。愕然としながらも言い切ります。

「うちは一人で生きてくて決めたんや。二度とうちの前に現れんといて!」

しかし、ここからが大変で、借金取りの男たちが「岡安」に乗り込んできて暴れたのです。女将のシズ(篠原涼子)に向って、彼らが主張するテルヲの借金は「2000円」でした。

ドラマの時間は大正14年(1925 )です。当時の大卒サラリーマンの初任給は50円くらいでした。ならば、借金の2000円は現在の800万円にあたります。庶民にとっては大きい。

千代が次の奉公を拒んだことで、借金取りの「岡安」に対する嫌がらせが激しくなりました。客は減り、その分、ライバルの芝居茶屋「福富」は大繁盛です。

夜、銭湯からの帰り道で、男たちが待ち伏せしていました。テルヲも一緒です。すると同僚のお茶子が彼らに訴えます。

「千代ちゃんはこの8年間、いっぺんも道頓堀から出てへん。なんでか、わかりますか? お暇もらっても、千代ちゃんには帰るとこ、なかったんだす。せやさかい、お父ちゃんが迎えにきて、帰るとこでけたって、ほんまに嬉しそうやったんだす。せやのに、あんまりや!」

必死で頭を下げる仲間を見て、千代は「岡安」を去る決心をします。

「うち、岡安を出ます。お父ちゃんの言うとおりにしてあげる」と言いながら、じっと父を見つめる千代。その目には諦めと悲しみが浮かび、アップになった杉咲さんの表情は多くのことを語って絶品でした。

千代はシズたちに別れを告げます。シズはそれを許し、「天海天海(あまみてんかい)一座」の芝居が千秋楽を迎えるまでは、岡安に留まるよう言い渡します。

千代、突然の「舞台」へ

さて、その天海一座ですが、こちらも危機に陥っていました。

座長だった初代天海が亡くなったことで、一座の人気は急落。須賀廼家万太郎(板尾創路)率いる「須賀廼家一座」に大きく引き離されています。それどころか、芝居小屋からは客の不入りを理由に、公演半ばでの打切りを言い渡されてしまいました。

千秋楽の日、それは千代の「岡安」最後の日でもあるのですが、開演直前、座長の代りを務めていた須賀廼家千之助(星田英利)が突然姿を消してしまいます。さらに女形役者もぎっくり腰に。

その時、たまたま楽屋へ差し入れを持ってきていた千代に、白羽の矢が立ちます。女中役の女形の代役でした。若旦那(一平)が浮気相手の女中と別れる芝居だったのです。

いきなりの舞台。緊張しながらも、その素の芝居が観客を笑わせました。そして終盤、一度は納得して出て行こうとした女中が、突然、抵抗を始めます。杉咲さん、今週の「見せ場」の一つでした。

「イヤや! うちは絶対に行きまへん。ほんまは、どこにも行きとうない! イヤや、うちはずっとここに居てたい。岡安にいてたいんや! もう一人になんの、イヤや。うちはどこにも行きとうない、ここにいてたいんや!」

「岡安にいてたいんや!」って、もはや芝居の中のセリフではなく、リアルな千代の肉声です。心からの叫びです。8年の間にシズや仕事仲間から受けた恩を返したいのはもちろん、初めて得た「安住の場所」でもあったからです。

ふっと静まる場内。役者も客も茫然とする数秒があり、女中に戻った千代。「やっぱり気が変ったんで、出ていきますね」と笑わせました。

舞台袖で、一座の須賀廼家天晴(渋谷天笑)が千代に言います。

「人生、雨のち晴れや!」

母の形見のビー玉を月と重ね、「明日もいい天気や」と自分を励ましてきた千代にとって、今後を暗示する大きな意味を持つ言葉と言っていいでしょう。

千代の「旅立ち」

千代が「岡安」を出ていく日。シズたち一家と食卓を囲んだ千代に、先代の女将であるハナ(宮田圭子)が言いました。「あんた、役者におなり。あんた、いい役者はんになれる」と。千代の中にも、何か呼応するものがあります。

借金取りたちが、千代を連れて行こうとやってきました。しかし千代は、シズやお茶子仲間が準備してくれたおかげで脱出を図ります。追いすがる男たちを路上で押しとどめたのは、千代がいつも親切にしていた乞食たちでした。

夜の船着き場。シズが待っています。

「これからは自分のために生きますのや。生きてええのや」

千代の胸にしみる言葉です。続けて、

「あんた、わてに恩返しがしたい、言うてくれたな。せやったら、あんたが幸せになり! それがわての望みや。これは旅立ちだす。せやさかい、しんどうなったら、いつでも帰っておいで。あんたの家は岡安や」

出ていく船。シズの最後の声が響きます。

「千代、気張るんやで!」

千代だけでなく、見る側にも余韻の残る、美しい別れのシーンでした。

シズは「岡安」に戻り、借金取りの連中と対峙(たいじ)します。差し出したのは200円(現在の約80万円)。テルヲの元々の借金です。それを2000円と言っていたのは、彼らが勝手に利子を膨らませたからでした。

ちなみにこの200円は、「岡安」のお茶子や、芝居茶屋「福富」の女将(いしのようこ)も含む、道頓堀の人たちの善意の集まりです。

渋る男たち。シズは、ハナとの掛け合いで、最近、道頓堀川に死体が浮いたという話をして、「この町をナメるな」と彼らを脅します。借金取りたちは200円を持って退散しました。

ひと芝居打ったシズを、「ハマリ役でしたな」と笑顔でほめるハナ。その後のシズのセリフが見事です。

「ここは芝居の街でっせ!」

いつか、その芝居の街に、千代が女優として帰ってくる日がやってくる。この時のシズたちは知る由もありませんが、見る側の中に密かな期待が膨らむ、第4週のラストでした。

実は、千代のモデルである浪花千栄子は、「仕出し弁当屋」での奉公の後、父親の手配で次の奉公先に送り込まれました。そこで2年の辛抱があり、20歳になったとき、奉公先の奥さんの助けによって、身一つで「夜逃げ」を決行するのです。そして千栄子は終生、父親を許しませんでした。

ドラマでは、この2度目の奉公をカットしました。千代に新しい世界へと向ってもらいたいという、脚本の八津弘幸さんの英断でしょう。それは正解だと思います。もう奉公は十分だ(笑)。

もちろん簡単に女優への道が開けるとは思えませんが、次の「第5週」からは場所も変り、千代にも大きな転機がやってきそうです。そう、これからは、自分のために生きていいのですから。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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