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ドラマ『危険なビーナス』は東野圭吾の「原作」を超えるのか!?

碓井広義メディア文化評論家
ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」(提供:アフロ)

新作ドラマが続々と始まっています。TBS系「日曜劇場」も同様で、11日に『危険なビーナス』がスタートしました。

『半沢直樹』の興奮がまだ記憶に新しいこの枠。メガヒットの次に出てくる作品は、前作と比較されることも含め、出演者にとっても制作陣にとっても、いろんな意味で大変なはずです。

『危険なビーナス』の原作は東野圭吾さんの同名小説。東野さんといえば、『半沢直樹』などの池井戸潤さんと並ぶ人気作家です。福山雅治主演『ガリレオ』シリーズ(フジテレビ系)や阿部寛主演『新参者』シリーズ(TBS系)など、映像化された作品もたくさんあります。

小説としての『危険なビーナス』ですが、はっきり言って、東野さんの「代表作」とか、「名作」といった作品ではありません。もちろんそれなりに楽しめますし、「こういう作品も書いてみたくなったのかも」とは思いますが。

実は「日曜劇場」でドラマ化すると聞いた時、「もう良作って残っていないのかな」と考えたくらいです。とはいえ原作小説と映像作品はあくまで「別物」であり、いい意味で裏切られることもよくありますよね。そんな期待を込めて見た、第1話でした。

手島伯朗(妻夫木聡)は獣医。院長代理として実質的には動物病院をきりもりしています。

イケメンの独身男ですが、冒頭、本人のナレーションというか、内心の声で、この病院は「結婚相手を探す最後の砦」だなどと言っていました。実際、患者(?)である猫の飼主の女性の「豊かな胸元」をガン見。美人看護師の蔭山元美(中村アン)から睨まれたりして・・・。

突然訪問してきた矢神楓(吉高由里子)に対しても、「ぼくの好み、ど真ん中」とニンマリし、彼女が自分に抱きついてくる「妄想」まで披露していました。「なんだ、単なる女好きか?」と思われても仕方ないような人物で、ちょっと心配になります。

楓は伯朗の異父弟・明人(染谷将太)の新妻でした。明人とは長く音信不通だった伯朗ですが、楓によれば、その明人が行方不明で、しかも明人の「父」で、伯朗には「義父」にあたる矢神康治(栗原英雄)が危篤とのこと。

しかも楓は、明人が自ら失踪したのではなく、矢神家の財産30億円の「相続」にからんで「何者かにさらわれた」のだと主張し、「さらった人間を探して!」と伯朗に頼みます。

結局、「美女に弱い」伯朗は楓と一緒に矢神家へ。

伯朗の実父で画家だった手島一清(R-指定)が33年前に亡くなった後、母の禎子(斉藤由貴)は、先代当主だった矢神康之介(栗田芳宏)の先妻の子で長男の康治と再婚し、明人を産みました。康之介は16年前に死亡。禎子も16年前に事故死しています。

ダイニングルームの巨大なテーブルには、病床にある康治以外の「矢神家の人々」がずらりと揃っていました。

彼らは「親族会」を開いていたそうですが、ドラマの中では登場人物たちの紹介コーナーにあたります。これがまた大人数な上に関係が複雑で、一度聞いただけではとても把握しきれません(笑)。

現在、矢神家の遺産を管理しているのは、康治と同じく康之介の先妻の子で長女の波恵(戸田恵子)。後妻の子で次男の牧雄(池内万作)も住んでいます。

また康之介の養子である佐代(麻生祐未)と勇磨(ディーン・フジオカ)もこの家にいますし、親族会には後妻の子で次女の支倉祥子(安蘭けい)と夫の隆司(田口浩正)、その娘・百合華(堀田真由)も参加していました。

ちなみに、康之介が個人資産の継承者に指名したのは、自分の子どもたちではなく、孫の明人です。伯朗と楓は康治を見舞いますが、その際、「明人に、背負わなくていいと(伝えろ)」というメッセージを受けとりました。

その意味するところは、今後徐々に判明していくのでしょう。それと大きな謎として、お金やいわゆる書画骨董の類(たぐい)とは異なる、貴重な「何か」が遺産の中に隠されているらしい。

・・・と、ここまで見てきて思い出したのは、横溝正史の小説で、何度も映画やドラマになった『犬神家の一族』でした。

「犬神家」と「矢神家」だけでなく、「佐清(すけきよ)」と「一清(かずきよ)」、「珠世(たまよ)」と「佐代(さよ)」、「静馬(しずま)」と「勇磨(ゆうま)」といった登場人物の名前もリンクさせているように感じます。

『犬神家の一族』では、遺産をめぐる殺人事件が次々と発生していきました。それでも犯人はなかなか判らない。背後に「血の宿命」があったりするからです。

『矢神家の一族』ならぬ『危険なビーナス』では、連続殺人がそう簡単に起きるとは思えません。少なくとも、そういう原作ではない。当面、伯朗は楓に引っ張られるようにして、彼女の言うところの「明人拉致・監禁事件」を探るばかりです。

そもそも、「明人の拉致・監禁」だって楓の思い込みか、何か狙いがあっての「狂言」かもしれず。無事でいる明人自身が背後で楓を動かしている可能性もあり、実体としての「事件」がいつ起きるのかも判然としません。

ところが、です。第1話の終盤、楓に呼び出された牧雄が転落事故に遭遇しました。いや、事故なのか、それとも何者かに襲われたのか。それはまだ不明ですが、とにかく、このタイミングで命にかかわるような出来事が発生したのです。

それによって明らかになったのは、今後も脚本の黒岩勉さんが原作を大きくアレンジしていく可能性があるということです。そうであれば朗報でしょう。前述のように、やや退屈とさえ言える原作を大胆に変えていくことで、物語に起伏が生まれるかもしれないからです。

そして、もう一つ。期待できそうなのが、出演陣の健闘です。伯朗は確かにシンプルな「女好き」ではあるのですが、一方で過去の境遇からくる「激情」を内に秘めています。そんなニュアンスを、妻夫木さんは自然に演じてみせてくれます。

吉高さんも、やけに「軽い」かと思うと、ふいに「思慮深い」ところも見せる、ちょっと「捉えどころのない」ヒロインを奔放に演じている。場面によって、『東京タラレバ娘』(日テレ系)の倫子や『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)の結衣も顔をのぞかせるのは、伯朗をはじめ周囲の人たちはもちろん、見る側をも攪乱(かくらん)するためかもしれません。

原作に手を加えることで物語の魅力を倍加しようとしている制作陣。そして原作以上に興味深い人物像を造形しようと頑張る出演者。第2話以降、予想以上にアクセルが強く踏まれそうです。また、その必要もあります。

ドラマ『危険なビーナス』は、東野圭吾さんの「原作」を超えるのか!? 

いや、正確に言えば、原作を「超えるのか」ではなく、「超えられるのか」が課題です。なんとかして原作を超えていかないと、それこそ「日曜劇場」にとって危険な1本になるのではないでしょうか。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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