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『アンサング・シンデレラ』で気になる、スポンサーとドラマの「密な関係」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

石原さとみ主演『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(フジテレビ系、木曜夜10時)は、注目すべきドラマです。

ただし、医療ドラマとしては珍しい、「薬剤師」を主人公とした作品だからではありません。番組の提供スポンサーと挿入されるCMが、ドラマの内容とあまりに近い。その「密な関係」に違和感を覚えるためです。

「薬剤師ドラマ」のスポンサー

この番組の主なスポンサーは9社。その中に「アイングループ」、「日本調剤」、「クオール薬局グループ」、そして「武田テバ」が入っています。つまりスポンサー企業の約半分を、大手調剤薬局と医薬品メーカーが占めているのです。

ちなみに、「アイン」、「日本調剤」、「クオール」の3社は、売上高で第1位から第3位の調剤薬局。つまり「業界トップ3」にあたります。

たとえば、日曜劇場『半沢直樹』(TBS系)のスポンサーは、「花王」、「サントリー」、「日本生命」、「SUBARU」の4社です。

半沢直樹(堺雅人)の父親・慎之介(笑福亭鶴瓶)は、小さな町工場を営んでいました。しかし突然、理不尽な理由で銀行に融資を打ち切られ、担保にしていた土地を差し押さえられてしまう。実行したのは若き日の大和田(香川照之)でした。結局、父親は無念の自殺を遂げます。

これがもしも、「三菱UFJ銀行」、「三井住友銀行」、「みずほ銀行」という銀行業界のトップ3がスポンサーに名を連ねていたら、どうでしょう。ドラマとはいえ、こうした銀行の暗部に触れるエピソードを描けたとは思えません。

さらに7年前の前作では、銀行マンである半沢直樹に「銀行はカネ貸し」とまで言わせていました。これもスゴイ。

大手銀行がスポンサーにならないドラマ、いや、スポンサーになれないドラマだからこそ、『半沢直樹』は傑作なのです。

また別の例を挙げるなら、篠原涼子さんが「スーパー派遣」を演じる『ハケンの品格』(日本テレビ系)のスポンサーに、「リクルート」や、「パーソル」や、「パソナ」などの人材派遣会社は入っていません。そうしないのは、いわば「テレビの常識」でもありました。

一方、『アンサング・シンデレラ』では、ヒロインの葵みどり(石原)をはじめ登場する薬剤師たちが、仕事上の大きな失敗や間違いをすることはないはずです。何しろ、薬剤師が財産ともいえる調剤会社の「トップ3」がスポンサーなのですから。薬剤師のイメージを低下させるような描写は禁物なわけです。

それどころか、ヒロインは、リアリティの範囲とはいえ、医師の領域に不自然なほど踏み込むかのような「活躍」で、患者を救っています。このドラマでは、ヒロインが言うように「薬剤師は患者さんを守る最後の砦(とりで)」だからです。

それは立派なのですが、「間違っているのは常に薬剤師以外」というドラマに、スポンサーはともかく、見る側はどこまで共感できるのか。

流れるCMの「内容」は・・・

今回、大口スポンサーである「クオール」は、60秒という長さで「ドラマ仕立て」のCMを流しています。しかも『アンサング・シンデレラ』の主要人物の一人である新人薬剤師の相原くるみ(西野七瀬)と、先輩薬剤師にあたる工藤虹子(金澤美穂)が、衣装も役名もそのままでCMに登場するのです。

ナレーションが「クオール薬局は地域の医療機関と密に連携して、患者様のことを一番に考えている薬局です」と自画自賛。それを受ける形で、相原が「お薬と患者さん、それをつなぐのが薬剤師」とつぶやく。すかさず工藤は「クオール薬局は患者さんをしっかり見守り、寄り添っているね」と応じます。

この後、薬局が町中(まちなか)や駅地下など、便利な場所にあることを伝えるナレーションが続き、工藤が「患者さんのために、地域と密着している薬局」とアピールのダメ押し。

そして相原は「(クオール薬局は)患者さんのために、身近で便利な薬局なんだ」と納得顔で決めのセリフを口にするのです。一応、画面の隅に「これはCMです」と小さな文字は出ますが、ドラマとの地続きによる「効果」を狙ったことは明らかです。

また「日本調剤」のCMでは、病気の子供を抱える母親が、薬局と薬剤師への感謝の気持ちを綴(つづ)った、という設定のメッセージカードが映し出され、読まれます。

「病院帰りに、笑顔で迎えてくれるあの人に、いつも支えてもらっている。この子のこともわかってくれていて、いつでも相談できる安心。そんな薬剤師がいることが、家族を支えてくれている」

ドラマの第2話で、薬を飲みたがらない子供の母親に向って、ヒロイン(石原)が語りかけていた、「なんでも相談して下さい。そのために薬剤師がいますから」というセリフと見事に重なっています。「日本調剤」も満足でしょう。

スポンサーとドラマの関係

昨年、テレビ広告費はインターネットに抜かれてしまいました。最近はスポンサーの確保に苦心する番組も少なくありません。

そんな中で、薬剤師のドラマが作りたいから、調剤会社を巻き込んだのか。それとも調剤会社をスポンサーにしたくて、薬剤師のドラマを企画したのか。「貧(ひん)すれば鈍(どん)する」でないことを祈ります。

いずれにせよ、今後も薬剤師のヒロインによる、医師の領域に不自然なほど踏み込むかのような「活躍」が続くはずで、現状ではこの「薬剤師ドラマ」全体が、まるで調剤会社の「60分CM」か「プロモーションビデオ」のように思えてきます。

もちろん、ドラマで描かれているのは「病院薬剤師」と「病院の薬剤部」であり、「薬局薬剤師」と「町中の薬局」ではありません。フジテレビも「放送基準には抵触していない」と言うでしょうし、実際そうかもしれません。とはいえ、ここまで露骨にスポンサーと「密な関係」のドラマは前代未聞です。

どこか「縁の下の力持ち」「陰の功労者(アンサングヒーロー)」的な存在だった薬剤師にスポットを当てた、新機軸の医療ドラマであること。また石原さとみさん、西野七瀬さん、田中圭さんなどの出演者たちが(やや空回り的ですが)奮闘していること。それらも認めた上で、今後の「スポンサーとドラマの関係」を考える一つのケーススタディとして、注視していきたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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