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白土三平、赤塚不二夫・・・気がつけば、「名作マンガ」が熱い!

碓井広義メディア文化評論家
白土三平作品に出てきそうな(?)凛々しい「忍者犬」(写真:アフロ)

新型コロナウイルスの影響で、外出自粛やリモートワークが続いた4月から6月にかけて、世の中を元気づけるかのように出版が相次いだのが、「名作マンガ」でした。

白土三平、赤塚不二夫の「新刊」登場!

『忍者武芸帳 影丸伝』、『サスケ』、そして『カムイ伝』などで知られる漫画界のレジェンド、白土三平。

今年4月、書店の店頭に登場したのが、『白土三平自選短編集 忍者マンガの世界』(平凡社)です。

まず、白土三平の作品を「新刊」で読める、というのが何とも嬉しい。しかも、この本で重要なのは、「四貫目」をはじめとする傑作短編を選んだのが、白土自身であることです。

また、女忍姉妹の過酷な運命を描く「目無し」や、天女伝説を織り込んだ「羽衣」など女性を軸とした作品が読めることも大きいと思います。

現在88歳になる白土さんですが、サスケを中心にスケッチ帳へのペン画の日課を欠かしていないそうで、本書でもその一部を見ることができます。最終章「カムイ伝第三部」への期待も、俄然高まってくるというものです。

そして、もう一冊の「新刊」が、今年13回忌を迎える赤塚不二夫の『少女漫画家 赤塚不二夫』(ギャンビット)です。白土よりも3歳若かった赤塚が、72歳で亡くなってしまったのは残念でした。

この本が出版されたのは、白土の新刊と同じ4月。赤塚の「少女漫画家」としての軌跡をたどれることが、最大の魅力です。

よく知られた「ひみつのアッコちゃん」以外にも、赤塚は大量の少女漫画を生み出していました。「ジャジャ子ちゃん」、「まつげちゃん」、「へんな子ちゃん」など、タイトルを見るだけで笑ってしまいます。

加えて、この作品集では、最初期の「嵐をこえて」をはじめ、貸本時代からの貴重な作品が読めるのも有難い。

赤塚のデビュー当時の絵が手塚治虫によく似ていたり、石ノ森章太郎の影響が見られたりすることにも驚かされます。さらに、ヒット作「ひみつのアッコちゃん」の制作に、元妻である登茂子さんが大きく貢献していた話など、興味深い舞台裏のエピソードも豊富です。

文庫オリジナル『現代マンガ選集』全8巻の刊行!

筆者撮影
筆者撮影

刊行が始まっている『現代マンガ選集』(ちくま文庫)は、筑摩書房が創業80周年記念出版として取り組む、全8巻の文庫オリジナルです。手に取りやすい「文庫」での刊行というところも嬉しい。

5月に出た第1弾『表現の冒険』の編者で、総監修も務めているのは、学習院大の中条省平教授。今回の企画は、60年代以降における日本の「現代マンガ」の流れを、新たに「発見」する試みだと宣言しており、その心意気に拍手!です。

この本には、石ノ森章太郎「ジュン」、つげ義春「ねじ式」、赤塚不二夫「天才バカボン」、みなもと太郎「ホモホモ7」、真崎・守「はみだし野郎の伝説」、上村一夫「おんな昆虫記」、高野文子「病気になったトモコさん」など、マンガ表現の定型を打ち破り、未知の領域を切り開いた名作18編が収められています。

また、6月配本の第2弾『破壊せよ、と笑いは言った』では、「ギャグマンガ」が、巨大な「ジャンル」へと成長していく軌跡をたどることが出来ます。編者は、編集者・マンガ研究家・詩人の斎藤宣彦さん。

収録されているのは、つのだじろう「ブラック団」、東海林さだお「新漫画文学全集」、秋竜山「Oh☆ジャリーズ」、谷岡ヤスジ「ヤスジのメッタメタガキ道講座」、赤瀬川原平「櫻画報」、山上たつひこ「喜劇新思想体系」、いしいひさいち「バイトくん」といった具合で、こちらもかなり強力です。

この巻のタイトル「破壊せよ、と笑いは言った」は、中上健次『破壊せよ、とアイラ―は言った』(1979年)から来ていると思います。ジャズ・サックス奏者のアルバート・アイラ―、そして中上健次。「永遠の前衛」と呼びたくなる2人に対するリスペクトと、笑いを武器に奮戦する漫画家たちへのリスペクトが重なっているようで、感慨があります。

筑摩書房は、ほぼ半世紀前の1969年から71年にかけて、『現代漫画』というシリーズを出したことがありました。

編者は「鶴見俊輔・佐藤忠男・北杜夫」という布陣で、第1期と第2期、合わせて全27冊にもなる壮大なもの。文学全集と同じように漫画家一人に一冊をあてた、筑摩書房らしい堅牢な造りの本でした。果たして当時、採算が合ったのかどうか・・。

いずれにせよ、マンガを「文化」として大切にする風土を、50年以上も前から持っていたことが素晴らしい。

現在も「ちくま文庫」では、石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』シリーズ、赤塚不二夫『おそ松くんベスト・セレクション』、水木しげる『劇画 ヒットラー』、滝田ゆう『滝田ゆう落語劇場』、そして杉浦日向子『百日紅(さるすべり)』など、数多くの名作マンガを読むことが出来ます。

読んだことがない人には「発見」が、以前読んだことのある人には「再発見」がある、そんな作品たちです。

今後も刊行が続く『現代マンガ選集』と並行して、これらの名作を読んでみるのも、「新しい生活様式」と呼ばれる難儀な日常を生きる、ひとつの支えとなるかもしれません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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