Yahoo!ニュース

日曜劇場『テセウスの船』は、主人公と共に翻弄される快感!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

TBSの日曜劇場『テセウスの船』が、中盤に差し掛かってきました。しかも、回を重ねるごとに、確実に面白くなってきています。

なぜなら殺人事件、それも無差別大量殺人という大事件があって、その真犯人が誰なのか、動機は何なのか、なかなか真相がつかめない。というか、謎がますます深まっている。つまりミステリードラマとして成功している、というわけです。

「加害者家族」の31年

これまでを、おさらいしておくと・・・

事件が起きたのは31年前。平成という時代が始まったころです。場所は北海道の寒村。音臼小学校の行事の際、生徒たちが飲んだオレンジジュースに毒物が混入され、何人もの幼い命が奪われました。

逮捕されたのは、村の駐在警官、佐野文吾(鈴木亮平)。妻の和子(榮倉奈々)と2人の子どもがいて、間もなく3人目が生まれるはずでした。なぜ、現職の警察官が殺人犯に? その犯行の動機は? 多くの謎を残したまま、文吾は死刑を宣告され、長い拘置所生活を送ってきました。

一方、文吾の家族にとっても、実に辛い31年でした。「殺人犯の家族」というレッテル、差別、いや迫害は、いくら住まいを変えても続いたからです。和子は、父親の存在を否定しながら、3人の子どもを育ててきました。

事件の後で生まれたのが、主人公である田村心(竹内涼真)です。母の旧姓を名乗り、妻の由紀(上野樹里)との間に、もうすぐ子どもが生まれるところでした。

由紀は、文吾がえん罪である可能性もあると言い、関係が絶えていた文吾に会いに行くよう、心を促します。心は拘置所にいる父を訪ねる前に、事件のあった音臼村で、当時を知る人から話を聞いてみることにしました。

時空を超えた「謎」

その村で、なんと心は31年前へとタイムスリップしてしまったのです。

まだ事件が起きていない時点で、若き日の両親、子どもだった姉や兄と出会います。父の文吾は陽気な家族思いで、仕事熱心で、殺人と結びつけることは難しい人物でしたが、心から見て不穏な行動があったことも事実です。

犯人が文吾であるなら、その犯行を止めれば、自分たちが「殺人犯の家族」になることはない。つまり未来を変えられるかもしれない。また別に犯人がいたとしても、悲惨な事件を防ぎたい。心はそう考えます。

調べを進める心の中に、殺人犯は文吾ではなく、他にいるのではないかという確信が生まれてきました。実際に怪しい人物もいたのですが、予期せぬ死を迎えたりして、心は(そして見る側も)困惑するばかりです。

そんな時、心は突然、現代に戻ってしまいます。ただし、周囲はタイムスリップする前とまったく同じではありません。由紀は、心の妻ではなく、初対面の記者として現れます。

また、姉の鈴(貫地谷しほり)は、「殺人犯の娘」という宿命から逃れようと、名前を変え、整形までして別人になりすましていました。

しかも鈴の内縁の夫は、音臼小事件の被害者でもある、木村みきお(安藤政信)。彼の養母は、当時、音臼小学校の教員だった木村さつき(麻生祐未)でした。このさつきは、被害者の会のリーダーであり、佐野文吾を早く死刑にするよう訴え続けている人物です。

鈴は自分が文吾の娘であることを隠していましたが、ついにさつきにバレてしまいます。それ以来、さつきは鈴を支配する、強い立場になりました。心や由紀の動きにも敏感で、証言者として名乗り出ようとした松尾紀子(芦名星)を排除しようとします。このさつきが、かなり怖い。麻生さん、あっぱれな怪演、いえ快演です。

脚本、演出、俳優の総合力

これが先日までの展開ですが、現在は、さつきの存在が圧倒的に目立ちます。しかし、そのまま真犯人なのかどうか、まだわかりませんよ。時には無実の人間を「怪しい」と思わせる、いわゆる「ミスリード」の仕掛けを用意するのがミステリードラマだからです。

このあたり、演出はもちろんですが、脚本の高橋麻紀さんが大健闘しています。同名の原作漫画という素材を前提としながらも、新たな材料をプラスして、物語をより深化させています。そう、原作通りの結末かどうかも不明なのです。

俳優陣の好演も目を引きます。特に竹内涼真さんは、『下町ロケット』シリーズ、『陸王』、そして『ブラックペアン』と、日曜劇場という「道場」で修業を重ね、大きく成長してきました。

今回、理不尽ともいうべき「運命」に抗(あらが)うように、自分と家族の人生を取り戻そうと必死で頑張る主人公の姿は、見る者の気持ちを揺さぶります。

また父親役の鈴木亮平さんも大奮闘です。31年前のシーンでは、子煩悩で職務熱心な善人なのか、それとも狂気を秘めた悪人なのか、瞬時に変わる鈴木さんの表情から目が離せませんでした。

そして、あらためてその演技力に感心するのが上野樹里さんです。タイムスリップ前は心の妻でしたが、彼が過去から現在に戻ってみると全くの他人になっていました。

それでいて、心にどこか親しみを感じ、真犯人探しに協力していくという難しい役柄です。しかし上野さんは、繊細な目の動きや、セリフに込めた情感やニュアンスで、この女性を見事に造形しています。

主人公と共に翻弄される快感

物語は後半へと入っていきます。思えば、このドラマには、名探偵も敏腕刑事も登場しません。あくまでも「普通の人」である心という青年が、深い闇に包まれた「謎」を追っていくという設定です。ここまで、その謎はしっかりキープされています。

心は、捜査のプロではありません。いわば「素人探偵」であり、見る側に近い存在でもあります。もちろん一直線に犯人へとたどり着くはずもなく、見る側は心と同じく一喜一憂の連続です。

主人公と一緒に、考えたり、立ち止まったり、混乱したり、欺かれたりする。主人公と共に翻弄(ほんろう)されていく。そんな快感もまた、優れたミステリードラマの愉楽(ゆらく)の一つなのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事