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異色の医療ドラマ『病室で念仏を唱えないでください』の「禅的味わい」

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

今期、病院を舞台とする「医療ドラマ」が目につきます。

月曜が『病院の治しかた―ドクター有原の挑戦―』(テレビ東京)。火曜は『恋はつづくよどこまでも』(TBS)。木曜に『アライブ―がん専門医のカルテ―』(フジテレビ)。

金曜には『病室で念仏を唱えないでください』(TBS)。そして土曜が『トップナイフ―天才脳外科医の条件―』(日本テレビ)で、なんと計5本!

もう毎晩、医者だらけ、病院だらけ。お腹いっぱい、メスいっぱいの冬であります。

天才医師も、名医も、美女医もそろっているわけですが、この中で一番の「異色作」といえば、やはり『病室で念仏・・』でしょうか。何しろ、主人公の松本照円(伊藤英明)は「医師にして僧侶」、「僧侶にして医師」という変わり種ですから。

病院に神父さんがいて、チャペルもあって、というのは珍しくないかもしれません。しかし、「病院付き僧侶」は初めて知りました。ていうか、「そんなのあり?」と思いますよね。でも、あり、らしい。

もちろん、照円にも事情があります。少年時代に、川の事故で幼馴染を亡くします。目の前でおぼれる彼を、泳げなかった当時の照円は救えなかった。そのことをずっと悩んで、苦しんで、救いを求めて、お坊さんになった。

さらに、人の命を救いたいという思いから、医師に、しかも救急救命医になったそうです。

勤務する「あおば台病院」では、亡くなった方のために霊安室で「お経」を唱えるだけじゃなく、入院患者の「心のケア」みたいな活動もしています。いわば、「仏教系心理カウンセラー」でしょうか。

とはいえ、この照円、悟りきった僧侶、達観したお坊さんではありません。いや、それどころか、自分の感情のコントロールもままならない直情型で、場合によっては手もあげる暴力派だし、喜怒哀楽がすぐ表情に出る単細胞タイプでもあります。

どちらかといえば修行の途中というか、煩悩(プールやジムで美女に遭遇すると思いきりニヤける)や迷いをたっぷり抱えたままの修行僧みたいな感じです。

ただ、患者に対する思いだけは、誰にも負けません。たとえわずかな可能性であっても、患者の命を救うためなら何でもします。そのあたりは、「ミスター海猿」のまんまであり、海にいた「仙崎大輔」が陸(おか)に上がったと思えばいい。

正直言って、このドラマの内容、また主人公のキャラクターからすると、40代半ばの伊藤英明さんより、もう少し若い俳優さんのほうが、照円には合っていると思います。

しかし、回を重ねてみると、すっかり「伊藤照円」に馴染んできました。それは、こやす珠世さんが描く原作漫画の照円にはない、独特の軽みというか、明るさがあるからです。

照円が働く救命センターも、救急救命医という仕事も、常に人の「死」と隣り合わせです。そして、照円のもう一つの顔である僧侶もまた、死と深くかかわる存在です。

時折り、というか事あるごとに、照円は仏教がらみの言葉を口にします。その場に合ったものならいいのですが、単なる「坊主の説教」に聞こえるのが困りもの。同僚の救命医、三宅涼子(中谷美紀)などからは、「時と場所を考えなさい!」と叱られています。

それでも、生きることに疲れた患者の傍らで、「釈迦も言っています。過去を追うな、未来を願うな。今日を精いっぱい生きればいいんです」なんてことを、重くせずに話せる照円は、ちょっとありがたい「僧医」なのです。

この時、敬愛する建功寺住職、枡野俊明さんから教わった禅語、「深知今日事(ふかくこんにちのことをしる)」を思い出しました。

意味は、目の前にあることを深く知り、そこに全力を尽くす。わき目もふらず、「今」に取り組むことが大事だと言うんですね。照円、なかなか勉強しています。

これまで3話が放送されましたが、第1話での、脳死状態の母親(育ての母)の延命をどうするか、あえて13歳の息子に決めさせたエピソードが、強く印象に残っています。

救命センターの救命外科医のドラマというと、大技や力技で修羅場を乗り切るイメージが強いのですが、主人公が「僧医」だからこそ、一瞬、視聴者も一緒に立ち止まって、「生と死」について考える場面がある。

異色の医療ドラマに織り込まれた「禅的味わい」。それこそが、このドラマのキモだと思うのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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