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受賞相次ぐ、黒木華主演『凪のお暇』の「人生リセットパワー」

碓井広義メディア文化評論家
TBS番組サイトより

今年7月から9月まで放送されていた、TBSの金曜ドラマ『凪のお暇(なぎのおいとま)』が、最近、いくつものドラマ賞を獲得しています。

第17回「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」では、最優秀作品賞だけでなく、中村倫也さんが助演男優賞、三田佳子さんが助演女優賞をそれぞれ受賞。

また第102回「ザテレビジョンドラマアカデミー賞」でも最優秀作品賞のほかに、黒木華さんが主演女優賞、高橋一生さんが助演男優賞、そして坪井敏雄さんをはじめとする演出陣が監督賞を受けました。

まさに今年の夏ドラマ、いや今年のドラマ全体を代表する1本となったわけです。

11月24日(日)の朝に放送された『TBSレビュー』で、この作品について話をさせていただきました。それをベースに、あらためて、『凪のお暇』というドラマの魅力を振りかえってみたいと思います。

『TBSレビュー』では、まず、MCの豊田綾乃アナウンサーから、このドラマの特徴を問われました。

黒木華さんが演じた凪は、28歳で無職、彼氏なし、そしてお金なしというヒロインでした。

「空気を読む」ことに疲れた彼女は、自分の周りにもいそうだったり、もしくは自分のことかもしれないと思える「普通の女性」だったのです。そんな彼女が、これからどう生きていくのかを見せてもらった。それが一番の特徴でした。

次に、このドラマを担当した、中井芳彦プロデューサーにインタビューしたVTRが流されました。

「これまでも、人生をリセットするという話はあったけれども、そこ(リセット)だけを切り取ってドラマにしたものはあまりない。地味な話で、劇的なことが起きるわけではないが、(ヒロインが)成長する物語を作りたかった」のだそうです。

「人生リセット」というテーマについて言えば、ふと「これまでとは違う、別の人生にチャレンジしてみたい」と思うことは、私も含め、誰にでもあるのではないでしょうか。でも、そう簡単には出来ません。このドラマには、そのヒントが散りばめられていたのです。

また視聴者に対する街頭インタビューでは、「主人公は空気を読むことに疲れていたが、今の時代、共感する人が多かったと思う」とか、「あそこまで全てを断ち切るのは、自分には無理かも」といった意見が並んでいました。

人がストレスを感じる、その「大元」ということでは、なんといっても人間関係が大きいと思います。このドラマは、そこから逃げるのではなく、「お暇」という形をとったところが秀逸でした。

抱えている課題や問題は一旦脇に置き、それまでの自分、それまでの対人関係などと、時間的・空間的な距離をとってみる。そんな「自分を見つめ直すプロセス」を描いていったからです。

中井プロデューサーも、「もう28歳と、まだ28歳の間で揺れている感じを面白く描きたかった。揺れたり迷ったりしている方が人間っぽい。今まで生きていた自分を肯定しながら、次の目的地を目指す旅だったと思う」と語っていました。

そういえば、かつて白石公子さんが書いた本に、『もう29歳、まだ29歳』というタイトルがありましたね。「もう28歳、まだ28歳」という中井Pの言葉は、このドラマ全体を見事に象徴しています。

『凪のお暇』では、まさに「揺れている28歳、迷っている28歳」がきっちりと描かれていました。人ってすぐには変われないし、主人公もすぐには変われませんでした。

しかし、本来の自分、素の自分というものに「気づくこと」、「気づけたこと」が大きかったのではないでしょうか。気づくことで少しずつ主人公が変わり、周りも(あの慎二やゴンさえも)変わっていく。気づくことで生まれる「人生リセットパワー」。このドラマの醍醐味・おもしろさはそこだったと思います。

番組の最後に、豊田アナから、ドラマ『凪のお暇』が今後のテレビドラマに示した可能性について尋ねられました。

このドラマは、普通の人の、いわば「挫折と再生の物語」です。一般的には、どこか重く暗くなりそうなものですが、『凪のお暇』は、それをユーモアも交えて明るく、そして日常的な物語として描いていました。その部分がドラマの可能性を広げてくれたと思うのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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