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思わぬ良作、多部未華子主演『これは経費で落ちません!』は怒涛の最終話へ

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

9月も間もなく終わりますが、7月に始まった夏クールのドラマも、ほぼ終了となりました。10月の秋クール開始まで、しばらく寂しい時間に入ります。

振り返れば、夏クールには30歳前後の、いわゆるアラサー女子と呼ばれる世代のヒロインがたくさん登場していました。

上野樹里『監察医 朝顔』(フジテレビ系)。石原さとみ『Heaven?』(TBS系)。杏『偽装不倫』(日本テレビ系)。黒木華『凪のお暇(なぎのおいとま)』(TBS系)などです。

昔の言い方なら、「いずれアヤメか、カキツバタ」といった感じの個性的なヒロインたち。結構熱い、競い合いでしたよね。

そんな中で、上記のドラマとは、ちょっと違った雰囲気を持っているのが、間もなく最終話となる、NHKドラマ10『これは経費で落ちません!』(金曜夜10時)です。

ヒロインである森若沙名子(多部未華子)は、医師でもレストラン経営者でもなく、中堅せっけん会社「天天コーポレーション」の経理部員です。

経理部自体が、会社では「縁の下の力持ち」的な役割を担っているように、沙名子もまた、本来は目立つような存在ではありません。派手か地味かで言えば、地味な女性かもしれません、ごく普通の、真面目で、しっかりした、そして仕事がよくできる経理部員さんです。

そんな一見ドラマのヒロインからは遠そうな人物が、ずっと見続けていたいような物語をけん引している。

しかも会社というもの、そして、そこで働く人たちの生態というものが、一種普遍的な(どこの会社にもありそうな)エピソードとして描かれている。このドラマの面白さは、そこにあります。

毎回、沙名子が何らかの不正や疑惑に気づくことで、物語が動き出します。経費で購入した高級ブランド品や撮影機材の私的流用。取引先との契約更新を利用した不正。請求書や領収書に隠された真実を見抜く力が抜群なのです。

とはいえ同じ会社の人間がしたことであり、時には深く追及しないほうがいい場合もあります。沙名子は「うさぎを追うな!(些細な事にとらわれるな)」と自分に言い聞かせたりするのですが、やはり不正を放ってはおけません。

なぜなら、それこそが、沙名子が先輩たちから学んできた「経理部の仕事」だからです。また、そんな沙名子のおかげで、当事者が決定的なダメージを受けずに済むこともあるんですね。このあたりの“機微”の描き方も、このドラマの見どころのひとつです。

沙名子が持つ生真面目さ、情に流されない正義感、そして本当の意味の優しさ。そんな「森若さん」のキャラクターが、あまりに多部未華子さんにピッタリで、一昨年の秀作『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』(NHK)に並ぶ適役といえるでしょう。

朝ドラ『つばさ』でヒロインを務めたのが10年前。アラサーとなり、さまざまな「大人の女性」に挑戦する攻めの姿勢に拍手です。

このドラマでは、仕事の面だけでなく、沙名子のプライベート部分からも目が離せません。30歳になる沙名子ですが、これまで恋愛方面については奥手というか、マイペースでした。自分の生活や精神状態を、自分自身でコントロールしている感覚が心地よかったからです。だから、沙名子には「元カレ」なるものが存在しません。

そこへ現れたのが、同じ会社の営業部で働く、山田太陽(ジャニーズWESTの重岡大毅)でした。

この「太陽くん」、元気で明るく、少し調子が良すぎるところもあるのですが、沙名子のことは本当に好きなようで、見ている側も「まあ、それなら許そう」(笑)という気分になってきました。ただし、「純情なアラサー女子の心を傷つけたら承知しないぞ!」の条件付き。なにしろ、まさかのプロポーズもしちゃったし。

最近の第8話、第9話で、物語は大きく動いてきました。ジュニアと呼ばれる社長の息子、円城格馬(橋本淳)が専務として入ってきたのです。さっそく社内改革に乗り出し、経理部もアウトソーシングの対象と宣言されました。そうなれば、経理部員のリストラが断行されます。

一方、吉村営業部長(角田晃広)、新島総務部長(モロ師岡)、新発田経理部長(吹越満)など、反専務派が何やら画策しているようで、社長秘書の有本マリナ(ベッキー)がホステスのバイトをしているクラブに集まっていました。

管理職たちが飲み代を経費で落とし、マリナは自分の売り上げになるというセコイ話だけでなく、企業買収がらみの裏の動きがありそうです。

すっかり名トリオとなった、沙名子&麻吹美華(江口のりこ)&佐々木真夕(佐藤沙莉)の3人も、自分たちの職場の存続がかかっているだけに、気が気ではありません。

リアルとユーモアのお仕事ドラマであり、微笑ましい恋愛ドラマでもある『これは経費で落ちません!』。仕事と恋愛、すべてのエピソードを回収し、どんな着地を見せるのか。怒涛の最終話に注目です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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