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うっかり見逃せない、注目の意欲作『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

同性愛者が登場するドラマの「同時多発」

刑事ドラマや医療ドラマなど、同じジャンルの作品が「同時多発」することはよくありますが、今期目立っているのは男性同性愛者が登場するドラマです。

きっかけは、男性同士の恋愛を正面から扱ったコメディとして話題となった、昨年の『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)でしょう。各局が後を追った結果、間に合ったのが今期で、なんと横並びで登場することになりました。

それが、このコラムでも取り上げてきた『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)であり、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)であり、そして今回の、よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK、土曜夜11時30分)です。

主人公は、高校3年生の安藤純(金子大地、好演)。「マコトさん」こと佐々木誠(谷原章介)という年上の恋人がいるゲイです。

初回の冒頭シーンがラブホテルのベッドで戯れる2人で、結構びっくりさせられました。ちなみにマコトさんは「妻子持ち」でもあります。

そんな純が、高校の同じクラスにいる三浦紗枝(藤野涼子)と、ひょんなことからつき合うことになります。紗枝はBL(ボーイズラブ)小説や漫画が好きな、いわゆる「腐女子」ですが、純がゲイであることは知りませんでした。

実は自分の性志向に悩んでいた純。マコトさんと別れ、紗枝と向き合おうとしますが、心と身体の両面で、なかなか思うようにはいきません。

しかも、自分と同じゲイで、ネット上でつながっている親友が自殺してしまいます。混乱した純はマコトさんに助けを求め、彼とキスしているところを紗枝に見られてしまうのです。第4話のラストシーンでした。

「女優・藤野涼子」の本領発揮

紗枝にしてみれば、「なぜ、私とつき合ったの?」だし、「振り向いてくれない人を本当に好きなった私は、どうしたらいいの?」です。純は「普通の人生があきらめきれない」し、「普通の幸せが欲しかった」と言いますが、紗枝も簡単には納得がいきません。

さらに、純はクラスメートたちからも奇異な目で見られ、追い詰められていきます。第5話では、「もう疲れた」と言って校舎から飛び降りてしまう純。幸い、骨折と打撲で済みましたが。

この飛び降り事件をきっかけに、純と紗枝の気持ちに少しずつ変化が起きていきます。第6話、入院先の病室を出るとき、純に向かって紗枝が笑顔で言うのです。「言っておくけど、私、まだ安藤君と別れるつもり、ないから。そう簡単に逃がさないよ」と。

そんな紗枝は、先週の第7話で、さらなる驚きの行動に出ました。終業式で表彰され、ステージに上がった紗枝。受賞スピーチを装いながら、自分がBLを愛する腐女子であること、好きになった男子がゲイだったこと、いや、それどころか、2人がセックスできなかったことまで口にします。

そして、「彼は、周囲に対して壁を作っていましたが、自分を守ってるんじゃなく、私たちを守っているんです。壁から出たら、(どう向き合っていいか)私たちが困るから」。

涙を流しながら話し続けます。「彼は、自分が嫌で、私たちが好きなんです!」。

こういう場面で、紗枝を演じる藤野涼子さんのうまさが際立ちますね。複雑な心理や微妙なニュアンスを、言葉と全身で表現する力が半端じゃありません。かつて映画『ソロモンの偽証』で見せてくれた天才少女ぶりは、今も健在です。

世界を「簡単」にしてはいけない

あらためて、このドラマのテーマを思うとき、純の「自殺してしまったネット上の親友」の言葉が甦ってきます。

 「人間は、自分が理解できるように、世界を簡単にして、分かったことにする」

 「『摩擦がゼロ』なわけはない。『空気抵抗を無視して良い』わけがない。

  だけど、そうしないと理解できないから、世界を簡単にして、例外を省略する」

 「真に怖れるべきは、人間を簡単にする肩書さ」

確かに、自分にとって「よくわからない他者」や「違うと感じる他者」に遭遇したとき、何らかの「レッテル(=肩書)」を貼ることで安心する人は多いかもしれません。

「好きなものを好きだと言える時間が一番好きだな」と紗枝は言います。紗枝も、純も、誰もが、好きなものを好きだと言えるようでありたい。素直に、そんなふうに思えてきました。

最早、終わってしまうのが残念なドラマになっていますが、残るは今週末の最終回のみ。純と紗枝の“明日”を、しっかり見届けるつもりです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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