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中高年の恋愛ドラマ『黄昏流星群』には、「黒木瞳」がよく似合う!?

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

中高年男女の「自分探しドラマ」

ずいぶん懐かしい素材を持ち出したものですよね。ドラマ『黄昏流星群~人生折り返し、恋をした~』(フジテレビ系)のことです。

弘兼憲史さんの漫画『黄昏流星群』は、「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で現在も連載が続いていますが、ドラマの原作である「不惑の星」は、もう20年以上前の作品です。

このドラマ、物語の基本的な構造自体は、原作漫画とあまり変わっていません。リストラされた銀行マンが、傷心の旅(スイス!)で出会った、すてきな中年女性に恋をして、帰国後に偶然再会した2人が接近していくというナイスな(笑)お話です。

「なにがナイスじゃ!」と言うなかれ。主人公の瀧沢完治は佐々木蔵之介さん。彼がひと目ぼれした相手、目黒栞が黒木瞳さん。そして瀧沢の妻・真璃子には中山美穂さんを導入したことで、結果的には、リストラ世代の願望をかなえる「不倫ドラマ」というより、中高年男女のほろ苦な「自分探しドラマ」として成立しています。

特に佐々木さんの誠実な演技が、なかなか見ものです。組織から切り捨てられたことへの憤り。倉庫会社に出向したばかりの頃、そこで煙たがられ、孤立することの悲哀。妻には言えない思いを栞に語るうちに、これまでの自分を見直し始めました。

一方、ちょっと困ったのが、中山さん演じる、瀧沢の妻・真璃子です。夫の浮気もさることながら、娘(石川恋)の婚約者(藤井流星)に言い寄られ、困ったり、悩んだりする「一人の女性」という風情でした。これは、中山さんの見せ場をつくるために、原作を変更した「妻の自分探し」です。

しかし、責任は脚本にあるのですが、設定がどうにも無理筋だったことと、真璃子の気持ちと行動が中途半端で、終始ツッコミどころ満載の展開となってしまいました。

『黄昏流星群』が似合う女優、黒木瞳

栞役の黒木瞳さんですが、実は以前も、『黄昏流星群』に出演していました。2012年6月に放送された単発スペシャル、『黄昏流星群~星降るホテル~』(フジテレビ系)です。

この時も、物語は至ってシンプル。ベンチャー企業家(高橋克典)が病に倒れ、過去10年分の記憶を失くします。困り果てた妻(石田ひかり)が頼ったのは、なんと夫のかつての恋人(黒木瞳)でした。

高橋さんの記憶を取り戻すために、2人の女性は立場を入れ替えて、黒木さんが妻、石田さんが家政婦を演じることになります。高橋さんに対して、複雑な思いの黒木さん。役割と納得しながらも、黒木さんに嫉妬する石田さん。最後はもちろん、黒木さんが“愛の奇跡”を起こすわけですね。

ただ、この年代の恋愛物といえば黒木さん、というのが安易でしたし、黒木さんと高橋さんの組み合わせは10年の連ドラ『同窓会~ラブ・アゲイン症候群』(テレビ朝日系)のまんまです。さらに、妻とかつての恋人が入れ替わる設定も、まあ実際にはかなり無理がありました(笑)。

ところが、このドラマの黒木さん自体は、悪くなかったんです。『ママさんバレーでつかまえて』(08年、NHK)や『下流の宴』(11年、同)など、フツーの主婦を演じた際は、ややウソっぽかったのですが、この時の「独身の美人ピアニスト」みたいな、現実感の薄い役柄はぴったりでした。「大人のいい女」になり切って、このファンタジーを支えていました。

思えば、『黄昏流星群』が似合う女優「黒木瞳」の背景にあるのは、渡辺淳一さんの小説が原作の『化身』(88年、東映)、『失楽園』(97年、同)といった映画作品でのイメージではないでしょうか。当時のおじさんたちにとっての“理想の愛人”です。

とはいえ、これだけ時間がたちながら、そのイメージをしっかりキープしていること自体、あっぱれな女優魂というべきかもしれません。

そして、最終回へ

今回、黒木さんが演じている栞は、瀧沢の出向先で「食堂のおばちゃん」として地道に働いてきた、マジメな女性です。彼女もまた、母親の介護に費やしてきた人生から一歩踏み出したいと思い始めていました。

そんな現実感いっぱいの役柄ですが、実年齢を重ねたこともあるのでしょうか、黒木さんは、しっかりと造形しています。前述のようにわざわざ原作を変更して作った、真璃子(中山)のエピソード(娘の婚約者からの求愛に戸惑うワタシ)なんぞに時間を奪われ、栞を描く部分が足りなかったことが残念なくらいです。

弘兼さんの原作漫画では、栞は瀧沢の子どもを妊娠するのですが、ドラマでは重い糖尿病を抱えて、失明の危機に陥っています。ラストに向かって、瀧沢と栞がどんな選択をしていくのか。2人の「自分探し」の結末は? 来週、最終回の焦点です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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