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今期、見逃すのは惜しい佳作『ハラスメントゲーム』

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

自社の特色を生かした「ドラマBiz(ビズ)」

テレビ東京系、月曜夜10時の連続ドラマ枠「ドラマBiz(ビズ)」が新設されたのは、今年4月のことでした。「経済に強いテレ東」という自社の特色を生かし、ビジネスや働くことを軸に人間や社会を描くドラマを目指しています。

その第1作は、同じテレビ東京系の経済ドキュメンタリー番組『ガイヤの夜明け』で案内人を務めている、江口洋介さんが主演の『ヘッドハンター』でした。

脚本は『ハゲタカ』(NHK)などで知られる、林宏司さんのオリジナル。転職やヘッドハントの現実を巧みに取り込みながら、企業人が見ても納得のストーリーを構築していました。

社会問題に挑む『ハラスメントゲーム』

10月から始まった『ハラスメントゲーム』は、「ドラマBiz」枠の3作目にあたります。テーマはタイトル通り、企業における「パワーハラスメント(以下、パワハラ)」や「セクシャルハラスメント(以下、セクハラ)」などです。

パワハラとは、社会的に地位が高い人間(会社なら上司など)が、その立場や権力を使って行う嫌がらせを指します。また、それが女性という特性を前提に行われた場合には、セクハラと呼ばれますよね。

主人公の秋津渉(唐沢寿明)は、全国でスーパーマーケットを展開する「マルオホールディングス」のコンプライアンス室長です。元々は部下に対するパワハラ疑惑がきっかけで、7年もの間、地方に左遷されていました。それが突然、本社への異動命令があり、室長となったのです。その背景には、社長(滝藤賢一)と常務(高嶋政宏)の権力争いもあるようで・・。

第1話では、練馬店で買ったメロンパンを子どもが食べたら、中に1円玉が混入していたと母親(志田未来)からクレームが寄せられます。しかし製造過程での混入は考えられず、店内の監視カメラの映像にも怪しい人物は映っていない。

結局、秋津たちの調査で明らかになったのは、店長から勤務態度を注意されたことを、パワハラだと逆恨(さかうら)みした、売場主任の仕業だったということでした。

また第2話では、オープン直前の品川店で、大量のパート従業員が店を辞めると言い出します。社長のインタビューにおけるセクハラ発言が問題だと言うのです。

会社はパートリーダー(余貴美子)をクビにして事を収めようとしますが、秋津は彼女が商品や売り場について熱心に提案を続けてきた事実を知り、そこからこの騒動の真相へとたどり着きます。

そして第3話には、育児が理由の「イクメン時短」で、16時には退社する社員(斎藤工)が登場しました。

彼は、自分が上司や同僚から「パタニティ・ハラスメント(パタハラ)」を受けていると、コンプライアンス室に訴えてきます。パタハラとは、育児制度を利用しようとする男性が、職場で嫌がらせを受けることです。

しかし、当初は被害者と思われたこの男性、実は早めに帰宅した後、育児ではなく副業に精を出していたことが判明。秋津は、「子どもを理由に会社を裏切った。お前はクズ中のクズだ!」と厳しく糾弾します。

フジテレビ系制作会社の作品であること

このドラマと同名の原作小説と脚本は、『BG~身辺警護人~』(テレビ朝日系)などの井上由美子さんです。パワハラやセクハラが一筋縄では対処できないものであることを踏まえ、各回、リアルで起伏に富んだストーリーになっています。

また秋津も単純な「正義の人」ではありません。場合によっては危ない橋も渡り、清濁併せ呑むことを厭(いと)わない人物として造形されています。唐沢さんは厳しい表情とゆるゆるの表情を交互に繰り出しながら、“くえない男”秋津を自在に演じています。

最近は様々なハラスメントが企業の根幹を揺るがすケースも多いですよね。このドラマを見ていると、企業だけではなく、個人もまた、被害者にも加害者にもなり得るのが現代であることが、よくわかります。そんな同時代の社会問題に果敢に挑む佳作と言っていいでしょう。

もう一つ、注目したいのは、制作に携わっているのが「FCC(フジクリエイティブコーポレーション)」だということです。倉本聰脚本の『北の国から 2002遺言』『優しい時間』、また『最後から二番目の恋』や『セシルのもくろみ』などを手掛けてきた、フジテレビ系の制作会社です。

これまでは、ほとんどがフジテレビのドラマでしたが、こうしてテレビ東京系の作品にも参加してきたことが面白い。テレビ東京が、フジのドラマ作りのノウハウを吸収する利点は大きいはずですし、何より「良いコンテンツはメディアを選ばない」という点が、なるほど今どきだなあ、と思います。

NHKでは、すでに日テレ系の制作会社「日テレアックスオン」や、フジテレビ系の「共同テレビ」が制作したドラマが流されています。

今後は民放でも、実力のある制作会社の作品が、系列を超えて放送される機会が増えていくのではないでしょうか。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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