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愛すべき怪優「ムロツヨシ」とドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』の魔法

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

「愛すべき怪優」としてのムロツヨシ

いきなりですが、ムロツヨシさんの話です。思えば、もうずいぶん長いこと、ムロさんに楽しませてもらってきました。

初めて意識したのは、「勇者ヨシヒコ」シリーズ(テレビ東京系)でしょうか。

7年前、2011年のシリーズ第1作『勇者ヨシヒコと魔王の城』で見た、魔法使いの「メレブ」が衝撃的でしたね。あの金髪。あのマッシュルームカット。演技なのか、地なのか、ただふざけているだけなのかどうかも不明で、とにかく画面にムロさんが出てくるだけでおかしかった。

それから13年のNHK朝ドラ『ごちそうさん』で演じた、ヒゲの建築家・竹元もヘンでしたね。また15年に公開された、ももいろクローバーZの映画『幕が上がる』(本広克行監督)では演劇部顧問の溝口先生役でしたが、生徒たちにまったく相手にされない様子が笑えました。

そうそう、16年の『勇者ヨシヒコと導かれし七人』で忘れられないのが、テレビ局をパロディのネタにした回です。

折れ曲がったバナナ(どう見てもテレビ東京のキャラクター「ナナナ」)の格好をした神「テレート」(柄本時生)が助っ人を引き受けるのですが、「ニッテレン」(どう聞いても日テレですね)に一発で粉砕されてしまう。その戦いの最中、メレブはずっと、「(日テレをあてこするのは)やり過ぎだよお~」と半分笑いながら、はやし続けていたのです。こんな役、ムロさんしか、できない。

そして、17年の堤真一主演『スーパーサラリーマン左江内氏』(日本テレビ系)での刑事役も、やっぱりヘンテコでした。

いつも掛け合いの際の「間(ま)」が独特で、急に激高したり、逆に長く沈黙したり、さらにアドリブが入ったりと、その演技はいつも予測不能でスリリングなのが、ムロツヨシなのです。 

『大恋愛~僕を忘れる君と』のムロツヨシ

そんなムロさんが、金曜ドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)に出演すると聞いて、放送前から大いに興味を持ちましたが、一方で不安も感じていました。

まず、タイトルです。恋愛ドラマのメインタイトルが「大恋愛」ってのは、ふざけているのか、それともヤケクソなのか(笑)と思った次第。

また番組サイトでは「若年性アルツハイマーにおかされた女医と、彼女を明るく健気(けなげ)に支える元小説家の男」の物語だと紹介されています。

これって、「よくある病気モノなのか」とか、「韓流ドラマみたいなものだろう」とか思う人も多いはずで、大丈夫? とムロさんのために勝手に心配しました。それに、同じテーマの韓国映画にも、チョン・ウソンとソン・イェジンの『私の頭の中の消しゴム』(2004年)といった佳作もありましたし。

さらに出演者のこともあったんですね。戸田恵梨香さんは、どんなドラマでも的確に役柄を表現できる力を持つ女優さんですが、「主演作は?」と聞かれたら、すぐに答えられない。

いえ、『SPEC』シリーズ(TBS系)があるのはわかっているのですが、瀬文焚流(せぶみ たける)を演じた加瀬亮さんとの、ダブル主演という印象が強いのです。

戸田さんの「主演」で、なかなかいい作品だったものに、『書店員ミチルの身の上話』(13年、NHK)があるのですが、ほとんどの人は知らないと思います。

そんな戸田さんと、カルトドラマでの怪演は誰にもまねできないムロさん。そんな2人で、私もちょっと苦手な「病気系」の恋愛ドラマ? と心配したわけです。

しかし実際に始まってみると、そんなのはまさに杞憂(きゆう)でした。ヒロインの北澤尚(戸田)は確かに重い病いを抱えていますが、それは単なる恋愛の書き割り(背景)としての病気ではありません。ドラマとして、生きること、愛することを突き詰めて描くための設定になっているのです。

脚本家・大石静が連打する「言葉」の魔法

新人賞を取りながら、長く筆を折っている作家、間宮真司(ムロ)は、尚にとってようやく出会った運命の人です。しかし自身の病気を知ったことで、尚はうそをついてでも真司と別れようとしました。第2話ですね。

そんな彼女に真司が言います。自分には親も金も学歴も将来も、そして希望もなかった。「だから、尚が病気だなんて屁(へ)でもなんでもない」と。

続けて、「がんでも、エイズでも、アルツハイマーでも、心臓病でも、腎臓病でも、糖尿病でも、歯周病でも、中耳炎でも、ものもらいでも、水虫でも、俺は尚と一緒にいたい。一緒にいたいんだ!」

そんな真司の言葉を聞いた時の、尚の泣き笑いの表情が絶品でした。このシーンだけでも、ヒロインは戸田さんで正解だったことがわかります。

しかも尚は、そのまま流れでキスしようとする真司を押しとどめ、マジメな顔で「今じゃない」ときた(笑)。「今じゃない」って、すごいセリフですよね。

そして言われたムロさん、いえ真司も、「(えっ?)ここ、キスするところじゃないの?」と笑わせる。そのタイミングと微妙なニュアンスは、まさにムロツヨシにしか表現できないものでした。

そんな2人の演技を支えているのは、ベテラン脚本家の大石静さんがセリフに込めた「言葉の力」でしょう。

真司は小説家。言葉のプロです。つまり言葉が人を動かすことも、その怖さも知っているはずで、大石さんがムロさんに、いえ真司に、何をどんな言葉で言わせるかが、このドラマの勝負所でしょう。

また、第3話のラスト。過労からきた尿管結石で入院した真司に、尚は自分が負担をかけた、私はひどいことをした、とあやまります。

すると真司が応えるのです。「ひどいけど、好きなんだア。好きと嫌いは自分じゃ選べないから、好きになっちゃったら、どんな尚ちゃんだって、好きなんだから」

尚は感激して、真司に抱きつきます。そして言う。「好き、ゆういちさん!」

そうです。「ゆういち」とは、元婚約者で主治医の井原侑市(松岡昌宏)のことですよね。真司も、視聴者だって、それは病気が言わせたと知っていますが、やはり切ない。自分の言葉に気づいていない尚が、もっと切ない。

いやはや、まるで魔法のような言葉(セリフ)の連打。脚本界の大姐御、大石静さんの本領発揮です。

これからますます進行していく尚の病気。それも含め、尚を丸ごと受けとめようとするであろう真司。生きること、愛することをめぐる、たくさんの忘れられない「言葉」を聞くことができそうです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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