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秋めいてきた今、あらためて「夏ドラマ」を振り返ってみると・・・

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

すっかり秋めいてきた今、あらためて今年の夏ドラマを思い起こしています。今シーズン最大の特色は、いつも以上に「原作もの」が多かったことでしょう。

まず、いまや主流ともいえる漫画が原作の作品としては、『義母と娘のブルース』(TBS系)、『この世界の片隅に』(同)、『健康で文化的な最低限度の生活』(フジテレビ系)などがあります。

また原作小説をもっていたのが、『サバイバル・ウェディング』(日本テレビ系)、『ハゲタカ』(テレビ朝日系)、『ラストチャンス 再生請負人』(テレビ東京系)などでした。

他には韓国ドラマを原作とする『グッド・ドクター』(フジ系)。同名の映画が原作だった『チア☆ダン」(TBS系)。さらにシリーズ物として、『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』(フジ系)や『遺留捜査』(テレビ朝日系)がありました。

つまりゴールデンタイム(19~22時)やプライムタイム(19~23時)での純粋なオリジナルドラマは、野島伸司さん脚本の『高嶺の花』(日本テレビ系)くらいしかなかったのです。

この『高嶺の花』については、石原さとみさんの見事な座長芝居に感心する一方で、ほんとのところ野島さんは、このドラマで何がやりたかったのかなあ、という思いもありますが(笑)。

「原作もの」と「オリジナル」、そして『義母と娘のブルース』

ドラマの根幹は脚本にあります。その脚本に書き込まれるのは人物像とストーリーです。どんな人たちによる、どんな物語なのか。そこでドラマの命運が決まります。

原作がある場合、脚本家を含む制作陣は、ドラマで最も重要な人物像とストーリーをすでに手にしています。あとは、どうアレンジしていくかについて悩めばいいわけです。一方のオリジナルドラマは、何もないところから人物も物語も生み出していく。それがいかに大変なことか。

日本では「原作あり」も「原作なし」も、ひとくくりに「脚本」と呼ばれています。しかし、たとえばアメリカのアカデミー賞では、ベースとなる原作をもつ「脚色賞」と、オリジナル脚本の「脚本賞」はきちんと分けられているんですね。脚本という形は同じでも、別の価値として評価されるのです。

それらを踏まえ、今年の夏ドラマの中で突出していたのが、意外や「原作あり」の『義母と娘のブルース』でした。

1ページをきっちり8コマに分け、生真面目そうな絵柄の中に、くすっと笑えるネタを仕込んでいく桜沢鈴さんの原作漫画と、綾瀬はるかさんが主演したドラマは雰囲気も印象も、いい意味で別ものと言っていいでしょう。

脚本家、森下佳子さんが仕掛けた構成の妙と小気味いいせりふがあり、綾瀬さんが演じるヒロインの愛すべき、そして品のある変人ぶりがありました。しかも視聴者は笑いながら見ているうちに、夫婦とは、親子とは、そして家族とは何だろうと思いをめぐらせることができたのです。原作を基調にしながら、それを超えたドラマ独自の世界観が描かれていました。

こんなコラボ商品も(筆者購入・撮影)
こんなコラボ商品も(筆者購入・撮影)

ドラマの奥行きとリアリティを生むもの

というわけで、現在、ドラマの制作陣、中でもプロデューサーの仕事は、オリジナルを生み出すのではなく「原作探し」であり、しかも前述のようにメインは小説から漫画へと移っています。

こうした現象は現在、各局のドラマづくりに共通であり、その意味で、テレビ界全体として、ドラマ制作における企画力・創作力が落ちているのかもしれません。

一方で、視聴者の目は肥えてきています。一視聴者のSNSへの書き込みがきっかけで、作品の評判が地に堕ちることもあり得る状況になってきました。

反対に、面白い作品に対しては、ネット上の書き込みも高評価で盛り上がる。これは、視聴率だけをにらんでいた時代には得られなかった手応えとやりがいを、作り手に与えてくれることでもあります。

作家の小林信彦さんは、「テレビの黄金時代」は60年代だとおっしゃっていますが、ことテレビドラマについては、その黄金時代は70年代から80年代前半にかけてだったと、私は思います。

それはまさに脚本家の時代でした。倉本聰、山田太一、向田邦子、鎌田敏夫といった人たちが、脂の乗り切った状態で、次々と優れた作品を書いていた。映画とは異なる面白さをもつ、テレビドラマという新たなエンターテインメントを彼等が確立したといってもいいでしょう。

私は倉本さんと仕事をご一緒させていただいたことがあるのですが、倉本さんがまずやるのは、登場人物の「履歴書」を作成することでした。架空の人物であるにもかかわらず、どこで生まれ、どのように育ち、どんな学校でだれと出会ったといった、必ずしもドラマの中で活かされるとはかぎらない詳細な「過去」を考えていくのです。

倉本さんは、この作業が一番楽しいし、履歴書が完成したときには、そこにこれから展開されるドラマのすべてが含まれているのだと話していました。本当にその通りだと思います。

オリジナルドラマの愉悦

こうして練り上げられた人物の奥行きとリアリティがあるからこそ、たとえば倉本さんの代表作『北の国から』(フジテレビ系)を見て、私たちは心から泣き、笑い、感動できた。そして、連ドラ終了後も単発の特別編を通して、約20年にわたり架空の人物たちと一緒に生きることができたのです。

今、そうした作品を作れないのかというと、もちろん、そんなことはありません。たとえば2017年に放送された、坂元裕二さん脚本の『カルテット』(TBS系)は、松たか子さんたちが演じた登場人物たちの履歴が、しっかり作り込まれていました。

そのおかげで、次第に明かされていく、それぞれの過去を含め、視聴者は興味津々で彼らと向き合うことができました。視聴率は9%前後でしたが、タイムシフトではもっと観られていたでしょうし、ネット上での視聴者の評価も高かったのです。

また同じく昨年は、岡田惠和さん脚本の朝ドラ『ひよっこ』もありました。東京オリンピックにはじまり、ビートルズの来日、テレビの普及とクイズ番組、ツイッギーとミニスカートブーム、そしてヒット曲の数々。同時代を過ごした人には懐かしく、知らない世代にとっては新鮮なエピソードが並びました。

このドラマには原作も、モデルもありませんでしたし、ヒロインのみね子も「何者」でもない、普通の女性でした。家族や故郷、そして友だちを大切に思いながら、働くことが大好きな、明るい彼女は、市井に生きる私たちと変わらない、いわば等身大のヒロインでした。いや、だからこそ応援したくなったのです。

また今年に入ってからも、オリジナル脚本、オリジナルドラマの傑作として、『アンナチュラル』(TBS系)を挙げることができます。

脚本の野木亜紀子さんは、綿密なリサーチと取材をベースに、「科捜研の女」ならぬ「UDIラボ(不自然死究明研究所)の女」をきちんと造形していました。

オリジナルの物語展開は重層的で、簡単には先が読めない。特にミステリー性(謎解き)とヒューマン性(人間ドラマ)のバランスが絶妙でした。また快調なテンポと急ぎ過ぎない語り口の両立は、演出陣のお手柄です

これらの作品は、原作がないからこそ、「これからどんなふうに展開していくんだろう」という、オリジナルドラマならではのドキドキや、ハラハラや、ワクワクがあったわけで、今年の夏ドラマにも、もう何本か「オリジナル物」のトライがあってもよかったのではないかと思います。

テレビというメディアの状況が大きく変化している今だからこそ、制作者は、あらためてドラマ作りの原点に立ち還る必要があるのかもしれませんね。その上で現出するドラマの未来には大いに期待したいし、期待できると考えています。これからも、もっとドラマを楽しみたいですから。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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