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40%近い視聴率を獲得したこと自体が驚きの「紅白歌合戦」

碓井広義メディア文化評論家
NHK放送センター(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

あけまして、おめでとうございます。本年も、どうぞよろしく、お願いいたします。

視聴率歴代ワースト3の「紅白」

昨年の大みそかに、「第68回NHK紅白歌合戦」が放送されました。平均視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)は前半の第1部が35・8%、後半の第2部は39・4%。特に第2部は「視聴率歴代ワースト3」だったことから、悪い意味で話題となりました。

しかし、この「紅白」を視聴率だけで評価するのは一面的過ぎるのではないかと思います。ネット社会の進展に伴い、視聴者側におけるテレビの優先順位は下がり続けてきました。また番組を放送時に見るのではなく、録画などで好きな時間に見る「タイムシフト視聴」も日常化しています。

かつてヒットドラマといえば視聴率が20%以上、時には25%以上のものを指していました。いまや15%で十分ヒット作と呼ばれ、10%で及第点といわれる時代です。またバラエティ番組でも、年間平均で15%を超えるのは、「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ系)や「ザ!鉄腕!DASH!!」(同)などの限られた番組です。

前回の「紅白」

そんな中での39・4%! 立派なものです。同じ番組を、約4割もの人が、リアルタイムで見たことに驚くべきなのかもしれません。というか、いまだに「紅白」がそれだけの求心力を持っていたことに感心したと言っていい。

全体の出来としては、明らかに前年のほうが上でした。出場者と曲目の選定、歌う順番、ステージ美術、映像設計、さらに楽曲とリンクしたミニ・ドキュメンタリーなども含め、視聴者の「求めているもの=見たいもの」と、制作側が「創りたいもの=見せたいもの」のバランスが、2016年の「紅白」は絶妙だったからです。

もっさりした「紅白」!?

今回、内村光良さんの臨機応変な総合司会ぶりは確かに達者でした。しかし、誰もが「LIFE!~人生に捧げるコント~」を見ているわけではありません。同番組を前提とした演出が目立つことが気になりました。また後出しジャンケンのような形で出場を発表した安室奈美恵さんと桑田佳祐さんですが、視聴者にとって、それならば「紅白」を見てみようと思わせるだけの「ありがた感」が、制作側が期待するほどあったかどうか。

NHKホールの美術セットとしては、ステージ上に巨大なパネルが設置され、歌い手ごとに様々な映像を映し出していました。使い勝手はよかったでしょうが、「安上がり感」は否めません。また、この映像用パネルの存在があるためか、たとえばピンスポット1発みたいな、照明による際立った演出が見られませんでした。

加えて、凡庸で退屈なカメラワークが多かったことも残念でしたね。狙いのよくわからない「ワンカット押し」や「じわじわズーム」などがテンポを悪くしており、全体的に「もっさり感」の強い映像となっていました。

「テレビの力」を、どう生かすのか!?

というわけで、どちらかと言えば不出来な内容だったにも関わらず、前述のような視聴率を獲得したのも事実です。「40%に達しなかった」というより、この内容で「よくぞ40%近くまで達したものだ」と言うべきかもしれません。もしくは、「視聴率歴代ワースト3」で留まったのはすごい、と。

これって、「紅白」という一つの番組だけじゃなく、テレビというメディアの現在とこれからを探る、ケーススタディにすべきではないでしょうか。同じ内容を、多くの人に、同時に届けることができる「テレビの力」を再認識すると共に、その力を何に使うのか、どう生かすのか。このもっさりした大型音楽番組をリアルタイムで見てくれた、心優しい視聴者がまだこれだけ存在するうちに、送り手側はあらためて考えてみる必要があると思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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