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今年、出会った「ひと」~庵野秀明監督と映画『シン・ゴジラ』素人の見方

碓井広義メディア文化評論家
庵野秀明監督と(撮影:実相寺昭雄研究会)

初めてお会いした、庵野秀明監督

2017年も、あと3週間となりました。年々、時の流れが早くなっているように感じるのですが、このあたりで、ちょっと今年を振り返ってみようと思います。

今年、(初めて)出会った人の中で、印象深い人物の一人が庵野秀明監督です。師である実相寺昭雄監督の著作『闇への憧れ』が、40年ぶりに“復刊”されることになり、「実相寺昭雄研究会」のメンバーと共に、少しだけですが協力させていただきました。

その一つが巻末に収められた、庵野秀明監督への「実相寺監督に関するオリジナルインタビュー」です。発案者は、実相寺夫人である、女優の原知佐子さん。「ぜひ庵野くんの話が聞いてみたいわねえ」のひと言でした。庵野監督は「原さんに指名されたんじゃ、断れませんね」と快く応じてくださった、という次第です。

インタビュアーをお願いしたのは、アニメ・特撮研究家の氷川竜介さん。豊富な知識を踏まえての的確な問いかけで、庵野監督から貴重な証言を引き出していました。「自分にとって、岡本喜八監督もそうですが、実相寺さんの作品を子供のころから観ていなかったら、『シン・ゴジラ』はありませんでした」というシメの言葉に、同席した研究会のメンバーと拍手でした。

途中、私がどうしても聞いてみたかったことを庵野監督に質問してみました。「『シン・ゴジラ』の中で、背負われながら踏切を渡る老婆を原知佐子さんにしたのは、やはり実相寺監督へのオマージュでしょうか」。すると庵野監督、真顔で、こう答えました。「ああ、あれは僕じゃなくて、樋口くん(樋口真嗣監督)ですね」と。いいなあ、このあっさりした感じ(笑)。

庵野監督は、まったくエラソーなところのない人でした。そして率直に、正直に、実相寺監督について語ってくださいました。このロングインタビューは、ぜひ『実相寺昭雄叢書I  闇への憧れ [新編]』(復刊ドットコム)で読んでみてください。

映画『シン・ゴジラ』 素人の見方

それで、映画『シン・ゴジラ』です。私はこの欄に並んでいらっしゃるような映画評論家の皆さんと違って、映画については、ただのファンであり、素人です。この『シン・ゴジラ』についても、あくまで「素人の見方」ということで、お許しください。

『シン・ゴジラ』は映画館で2度、観ました。いえ、続けてじゃなくて、別の日にまた観に行ったのです。で、いきなりの結論で恐縮ですが、「これは、ゴジラ映画の傑作だ!」と確信しました。

子供時代の1960年代から50年間、ゴジラ映画をほぼ全部、映画館で、リアルタイムで観てきたことを踏まえ、自信をもって言えます。たとえば、平成版のいくつか、それにアメリカ版には、困ったもんなあ。『シン・ゴジラ』は、ゴジラ映画史上の事件ともいうべき傑作です。

まず感心したのは、やはり映像ですね。何より、チャチくないし、ダサくない。迫力と、リアルと、美しさの三位一体。武蔵小杉にも、品川駅にも、確かにゴジラがいました(笑)。こうした作品で、「庵野秀明×樋口真嗣」は、現在における最強コンビですが、その期待を裏切らない出来になっていました。

次に、この作品が、ゴジラという怪獣に関して、”まっさら”なところから物語っていること。庵野監督の脚本のお手柄ですね。過去のゴジラ映画とのつながりとか、かつて日本にやってきたことがあるとか、そういう設定は一切なし。あえて断絶させています。「今、この国に、こういう生物が現れたらどうなるのか」という一点に集中して、物語が展開されている。あれこれ描こうと思えばできる中で、「日本政府VSゴジラ」に絞り込んでいる。まさに、「現実VS虚構」です。

誰もがゴジラを初めて見る。初めて街が破壊される。初めて国民の命が脅かされる。その時、日本政府の、誰が、何に、どう対応していくのか。その間も、ゴジラは破壊を続けている。その両方を、観客は見つめていく。

長谷川博己さんは、好きな役者さんの一人ですが、観る前は「センが細いんじゃないかなあ」と心配していました。でも、結果的には、なかなかの適役でした。石原さとみさんは、英語スクールのCMに出ているのも伊達じゃないぞ、という語学力を発揮して熱演しています。長谷川、石原と並ぶと、ちょっと『進撃の巨人』感が強かったけれど、まあ、それはご愛嬌ということで(笑)。

この作品のキモとなるのが、「ゴジラ」とは何か、です。庵野監督が、この映画のゴジラに何を象徴させているのか。そのことによって、『シン・ゴジラ』は、ゴジラ映画の傑作であるだけでなく、ゴジラ映画というジャンルを超えた傑作となっているのです。

まだまだ言いたいことはありますが、映画館に足を運んで損はなかったというか、映画館で観るべき1本でした。(もちろん、その後、ブルーレイも入手しましたが)

映画館から戻って、すぐ手にとったのが、長山靖生『ゴジラとエヴァンゲリオン』(新潮新書)です。著者によれば、「(この2本は)非実在の怪物でありながら、観る者たちのアイデンティティーを揺り動かす」ことで共通しているという。

『シン・ゴジラ』を手がけた庵野監督の「『怪獣』は概念で作られているものですからね。ミサイルが当っても死なないし。血も流さない。大砲の弾をはね返す生物というのは、アメリカとかでは信じられないでしょうね。(中略)生物を超えた概念の産物であって、いわゆる生き物ではないんですよ」という解釈も紹介されています。

さらに、『ゴジラ』と『エヴァ』に関する、「戦い」と「現実逃避」の考察も興味深い。ただし、『シン・ゴジラ』を観てから読んだほうがいいであろう1冊です。

また興味のある方は、以下のような本も、ご覧になってみるといいかもしれません。

藤田直哉『シン・ゴジラ論』(作品社)

この国はなぜ、「ゴジラという名の神」を必要とするのか。気鋭の批評家が、タブーと化した東日本大震災の「スペクタクル」の快にも触れながら考察する、虚構と現実。フィクションであるはずの映画の中から、3・11、天皇、科学、宗教などのリアルが浮彫りになります。

森下 達『怪獣から読む戦後ポピュラー・カルチャー~特撮映画・SFジャンル形成史』(青弓社)

『君の名は。』と並んで2016年の映画界を席巻した『シン・ゴジラ』。62年前の『ゴジラ』公開から現在まで、「特撮映画」とその解釈はいかに変遷してきたのか。特撮映画、SFジャンルの形成過程を研究する著者は、「SFという文化」と交差させながら、「非政治性」をキーワードに解読していきます。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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