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『東大王』は、クイズ番組の「新たな王道」か!?

碓井広義メディア文化評論家
司会陣の山里亮太さん、ヒロミさん。(番組サイトより)

いまテレビ各局で、クイズ番組が放送されています。ちょっとしたクイズ番組ブームみたいな状況です。

そんな中で、注目しているのが『東大王』(TBS系、日曜夜7時)です。「最強頭脳バトル」とは言い得て妙で、いろんなタイプのクイズがある中で、この番組は余計な仕掛けや演出をせず、「実力主義」に徹しています。それが特色であり、人気の秘密だと思います。

なぜ「東大」なのか、という疑問をもつ人もいるでしょうね。少子化によって、数字の上では、希望すれば受験生全員がどこかの大学に入れる「大学全入の時代」です。

そうなってみると、一種の二極化が進行し、片方の極の頂点にいる東大の価値が、逆に目立つようになってしまったのではないでしょうか。制作側が照れることなく、あえてタイトルに(学歴社会の象徴である)「東大」を入れているところが、むしろ「今どき」なのかもしれません。

教養エンターテインメントとしての『東大王』

『東大王』の出題は、まさに難問ばかりで、なかなか正答できない。問題のレベルが高いことで、いわば「教養エンターテインメント」になっています。

「知識は持たなくても、検索すればいいじゃん」という、なんでもスマホ任せの検索時代。ものを知らないことが恥ずかしくなくなった、アンチ教養の時代。そんな時代に、知識を競い合うなんて時代に逆行しているのかもしれません(笑)。

しかし、往年の人気クイズ番組『クイズ面白ゼミナール』(NHK)の司会をしていた鈴木健二アナウンサーは、番組の冒頭でいつも言っていました。「知るは楽しみなり」と。

そう、知識って、確かに人生を豊かにする側面があるんですよね。「雑草という名前の草はない」と言われますが、草の名前を知っていることで世界が広がることもある。

『東大王』の特徴

しかもこの番組、妙なひねりや引っ掛けなどはなく、基本は実にシンプルです。

「難問」に特化したことで、見ている側は自分が正解すると、結構嬉しい。「東大王」である東大生たちが間違えるのも、かなり嬉しい(笑)。

テレビらしく「映像」をうまく取り入れているのも、この番組の特徴です。たとえば、野菜の顕微鏡写真を見せて、正解は「ブロッコリー」。また「地図の形」から都道府県名を当てさせたり、「彫刻」のアップの映像を見せて、作品名を問う。正解はロダン「地獄の門」とか。

「世界遺産」がらみの出題が多いのも、ズバリ『世界遺産』という番組を放送している、この局ならではの資源活用です。何しろ、世界遺産の映像なら売るほどありますから。

映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のラストシーンで、ルーク・スカイウォーカーが立っていた島の名前が出題され、アイルランドの世界遺産「スケリッグ・マイケル島」であることを知った時など、「SW」ファンとして、ちょっとした喜びでした(笑)。

『東大王』の演出

それから、この番組では、回答者が正解に行き着いた過程を、自ら「解説」する点も面白い。それだけの知識を持っている証拠ですし、ナレーションによる解説よりも、聞きたくなります。

また、チーム形式とはいえ、「個」を大事にしていることも、上手な演出です。たとえば、ちょっと斜に構えた東大医学部の水上くんをはじめ、見ているうちに、それぞれのキャラクターを楽しめたりします。

そして、司会者がらみの余計な演出がなく、クイズに集中できるのもいいですね。MCのヒロミさん。サブの山里亮太さん。クイズ番組の司会者って、自分が正解を知っているからって、時々ヘンにエラソーじゃないですか(笑)。

でも、このコンビは偉そうにしていません。自分が知らなかったことを知って驚く。自分が知らなかったことを知っている人に感心する。いい意味での「視聴者目線」に好感がもてます。

日本人と「クイズ好きのDNA」

余談ですが、日本人とクイズについて、少しだけ・・・。

江戸時代のゲームに「判じ物」があります。絵や文字に意味を隠して、それをあてさせる、というゲームで、「地名」や「人の名前」が出題されることが多かったそうです。これって『東大王』と共通してますよね。

最新のクイズ番組が、実は江戸以来のクイズゲームの伝統を継承している・・・なんて、ちょっと面白いと思います。

「クイズ番組」ということになると、これは戦後の話です。マッカーサー率いるGHQが日本にやってきましたが、放送(当時はラジオ)を日本人の民主化に利用しようとしたんですね。

その指導のもと、NHKはアメリカの番組をモデルに、ラジオで『話の泉』『二十の扉』といった、娯楽と啓蒙のクイズ番組の放送を開始しました。その後、1953年からテレビ放送が始まると、もはやGHQとは無関係に、クイズ番組はますます盛んになっていきます。

テレビから「さて、ここで問題です!」と呼びかけられると、わたしたちは、つい反応してしまう(笑)。問われると、日本人は根がマジメだから、瞬間的に回答を考えてしまう。また勉強好きなので、正解を知ろうとしてしまう。「ここで問題です!」に対する反応は、わたしたち日本人の中に、何十年もかけて「クイズ好きのDNA」が浸透してきたことの成果なのです。

クイズ番組、3つの「楽しみ方」

クイズ番組には「問い」があって、「答え」がある。というか、クイズ番組のルールは、それだけなんですね。このシンプルなルールに合意するだけで、視聴者も「参加」できる。これが大きいです。

視聴者がクイズ番組を見るとき、3つの「楽しみ方」があります。まず、回答者と一緒に「問題を考えること」。次が「勝負を楽しむこと」。もう一つが、回答者の「頭脳に感心すること」。『東大王』は、これら3つの楽しみ方がすべて可能です。

さらに、この番組では、何より強い者、つまり知識が豊富な者が勝つ、という基本原理がいっそ気持ちいい(笑)。

わたしたちの中には、ジャンルを問わず「すごい人を見たい!」という願望があるような気がします。クイズ番組で言えば、かつて大橋巨泉さんが司会をしていた『クイズダービー』(TBS系)。漫画家の、はらたいらさんが凄かったですねえ。

『東大王』は、この「すごい人を見たい!願望」を満たしてくれる1本であり、他のクイズバラエティ番組に飽き足らない視聴者に応える1本になっているのだと思います。

『東大王』のこれから

さて、今後の『東大王』ですが・・・。

クイズ番組の命は「出題」です。これは、かつて『健康クイズ』(フジテレビ系)という番組のプロデューサーを務めていた経験からも言える真理です。

特に『東大王』の場合は、難易度の「さじ加減」が難しい。問題がやさしすぎても、また難しすぎても、視聴者は考える(参加する)意欲を削がれます。このバランスを探りながら維持することが何より重要なのです。

私が20年所属していた「テレビマンユニオン」は、以前『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ系)を制作していました。その『ウルトラ』のチームも、「作問」に大きなエネルギーを注いでいたものです。それは現在、テレビマンユニオンが制作している『日立 世界ふしぎ発見!』(TBS系)でも同様です。

膨大な数の問題を作り、ふるいにかけ、シミュレーションを行い、さらに厳選していく。『東大王』の制作陣も、同じような努力を日々続けているはずです。

もう一つ。「東大王」である東大生たちの存在が、この番組の核となっています。彼らは確かにすばらしいのですが、ずっと依存したままではいられません。次の「東大王」、そして次の次の「東大王」を探し出し、育てていくことが必要です。

全体として、『東大王』はクイズ本来の面白さを再発見した、「新たな王道」ともいうべきクイズ番組ではないでしょうか。毎週、あるクオリティで作り続けることは本当に大変だと思いますが、楽しみにしている視聴者のためにも、ぜひ頑張ってほしいものです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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