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新たな「三谷幸喜」「クドカン」を探せ! 『下北沢ダイハード』は、深夜の「小劇場フェスティバル」!?

碓井広義メディア文化評論家

80年代の「下北沢」

プロデューサー時代に、『健康クイズ』(フジテレビ系)という番組を手がけたことがあります。80年代半ばのことで、タイトルにはクイズとありますが、「当たった」とか「外れた」とかの得点争いを見せたいわけではなく、あくまでも健康情報の提供が狙いでした。

「下北沢」という街に、最も頻繁に通っていたのは、この頃です。『健康クイズ』の構成作家をお願いしていたのが、「WAHAHA本舗」主宰者の喰始(たべはじめ)さんでした。

当時の喰さんは、数年前に「WAHAHA本舗」を立ち上げたばかり。しかも公演の会場として、小劇場演劇専用の「下北沢ザ・スズナリ」をよく使っていました。資料を届けたり、台本の原稿を受け取ったりするために、たびたび下北沢まで出かけていきました。

そのおかげで、「WAHAHA本舗」の初期、『底ぬけ』や『御不幸』などの公演はほとんど観ています。立ち上げメンバーには柴田理恵さん、久本雅美さん、村松利史さん、佐藤正宏さんなどがいました。そうそう、渡辺信子さんという女優さんも面白かったですね。

喰さんと打ち合わせをしていると、時々お茶を出してくれるのが、20代だった久本さんや柴田さんでした(笑)。

その後も、本多劇場などで、ご贔屓の劇団の芝居を観てきましたが、「下北沢」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、ヤケクソのように笑いのエネルギーを発散していた、80年代の「WAHAHA本舗」の舞台です。

深夜の「小劇場フェスティバル」!?

ドラマ24『下北沢ダイハード』(テレビ東京系)は、いわば今期ドラマにおける“企画大賞”です。テーマは、演劇の街である下北沢を舞台にした「人生最悪の一日」。脚本は小劇場の人気劇作家11人による書き下ろし。深夜のテレビ空間に現出した「小劇場フェスティバル」みたいな、わくわくする“お祭り感”があるのです。

これまでに4話が放送されてきました。

第1話「裸で誘拐された男」の脚本は、演劇チーム「TAIYO MAGIC FILM」の西条みつとしさんです。SM趣味の国会議員・渡部(神保悟志)が、女王様(柳ゆり菜)の命令で全裸のままトランクに詰め込まれる。ふとした手違いで、そのトランクが紛れ込んだのは「誘拐事件」の現場でした。身動きできないまま、「こんな姿で文春にでも出たらアウトだあ」などと、あせりまくる全裸の国会議員がおかしかったです。

第2話「違法風俗店の男」の脚本・演出は、ユニット「男子はだまってなさいよ!」の細川徹さんです。ドラマ『バイプレイヤーズ』と同様に、光石研が「俳優・光石研」を演じるという仕掛け。公演前の空き時間に入った風俗店で、光石は警察の手入れに遭遇します。さあ、大変。光石の脳内を、テレビ番組『実録 警察庁24時!!』の映像が駆け巡り、カメラの前でオロオロする自分を想像して、愕然となります。どうやってこの状況を脱したらいいのか。光石は起死回生のアドリブ勝負に出ます。

第3話「夫が女装する女」を書いたのは、劇団「サンプル」を主宰する松井周さん。主人公は、女装癖の夫(野間口徹)をもった妻(麻生久美子)でした。ママ友たちとおしゃべりしている喫茶店に、女装した夫が入ってきます。「あの人、女装してるよね」などと興味津々なママ友。「もしもバレたら」と気が気ではない妻。この回では、麻生久美子のコメディエンヌとしての芸を、存分に堪能することができました。

第4話「夜逃げする女」の脚本は、劇団「ブルドッキングヘッドロック」の主宰者、喜安浩平さん。主な登場人物は、須田類(緒川たまき)と椎名照美(酒井若菜)。2人は下北沢で古着屋を共同経営しています。ただし、店は繁盛しておらず、閉店の危機にありました。ある日、照美の元恋人のオッサンが現われ、結婚するか、貸した300万円を返すか、どちらかを選べと迫ります。類は思わずブーツで強打。男は動かなくなってしまいます。彼女たちの「しもきた愛」と、懐かしい下北沢へのオマージュに満ちた1本でした。

新たな「三谷幸喜」や「クドカン」を探せ!?

おもて表紙とうら表紙のような形で、各回のドラマをつなぐのは、スナックのカウンターをはさんで会話する、常連客の古田新太さんとママの小池栄子さんです。何をやっているのかは不明だけれど、いかにも自由業という風体がおかしい古田さん。そして和服と笑顔の奥に、どんだけの“過去”を隠し持っているのかが読めない栄子ママ。

「こういう感じのスナック、あったよなあ」と思わせる店内。いまは消えてしまった、あの「開かずの踏切」が健在だった頃の下北沢の雰囲気です。この街で芝居を見た後、そのまま帰るのが惜しくて立ち寄った店で、ママと常連客の「ここだけの話」を聞いているような、奇妙なデジャヴ感があります。

80年代、下北沢や新宿の小さな劇場で、よくお見かけしたのがフジテレビのプロデューサー、横澤彪(たけし)さんでした。そして、当時の横澤チームとも言うべき、「ひょうきんディレクター」の何人かとも、たびたび遭遇しました。テレビの第一線の作り手たちが、忙しい仕事の合間をぬって小劇場にもしっかり足を運び、それこそ「面白いヤツ」を自分で見つけようとしていたのです。

劇団「東京サンシャインボーイズ」の三谷幸喜さん、劇団「大人計画」のクドカンこと宮藤官九郎さんなど、演劇人であると同時に、テレビドラマの優れた書き手でもある人たちがいます。

『下北沢ダイハード』に参集した、11人の「劇作家」の中から、第2、第3の三谷幸喜やクドカンが登場してくるかもしれません。そんな「先物買い」の楽しみもまた、このドラマの隠し味になっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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