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ゴールまで2ヶ月あまり。猛暑に負けない熱気を帯びてきた『ひよっこ』

碓井広義メディア文化評論家

ゴールまで、あと2ヶ月あまりとなったNHK連続テレビ小説『ひよっこ』ですが、このところ、猛暑に負けないほど熱気を帯びてきています。

物語の厚みが増してきた『ひよっこ』

奥茨城から集団就職で上京した主人公、谷田部みね子(有村架純)。最初に勤めたトランジスタラジオの工場が閉鎖されてしまい、現在は赤坂にある洋食店のホール係をしています。

舞台が赤坂に移ってから、物語の厚みがぐっと増したように思います。みね子が働く「すずふり亭」店主・牧野鈴子(宮本“夏ばっぱ”信子)や、鈴子の息子でシェフの省吾(佐々木蔵之介)たちが、右肩上がりの経済成長に浮かれる当時の世の中において、地に足をつけて生きる大人の世界を見せてくれています。

また、みね子が住むアパート「あかね荘」では、謎のOL・久坂早苗(シシド・カフカ)や漫画家志望の若者たちなど、多彩な青春像が描かれています。 加えて人気女優・川本世津子(菅野美穂)の出現と、思いがけないテレビ出演も、みね子の人生を大きく左右しそうです。

しかも、みね子はこの町で恋をしました。相手は同じアパートの住人で、慶応大学の学生である好青年、島谷純一郎(竹内涼真)。地方で会社を経営する名家の後継ぎ息子です。

しばらくの間は幸せな2人でしたが、純一郎の実家が経営する会社が傾き、父親から“政略結婚”ともいえる縁談が舞い込みます。悩んだ純一郎は、親と縁を切ってでも、みね子と一緒にいることを選ぼうとしました。

市井に生きる私たちの物語

7月24日放送の第97回。

純一郎は、みね子に事の経緯を説明し、自分の意思を伝えます。

「大学もやめる。仕事も探さなきゃ。貧乏になっちゃうかもしれないけど、ごめんね。でもさ、いいと思うんだ。お金なんてなくてもさ、自分らしく生きられれば」

そんな純一郎に対し、今度はみね子が決意を込めた表情で語り始めます。それは2分を超える長いセリフであり、このドラマの「本質」に迫る一人語りでした。流れては消えてしまうドラマの言葉ですが、今回は、あえて以下に完全再現してみたいと思います。

「島谷さん。まだ子供なんですね、島谷さん。そんな簡単なことじゃないです。貧しくても構わないなんて、そんな言葉、知らないから言えるんです。貧しい、お金がないということがどういうことなのか、わからないから言えるんです。いいことなんて一つもありません。悲しかったり、悔しかったり、さみしかったり、そんなことばっかしです。お金がない人で、貧しくても構わないなんて思ってる人はいないと思います。それでも明るくしてんのは、そうやって生きていくしかないからです。生きていくのが嫌になってしまうからです。そうやって頑張ってるだけです。私は貧しくて構わないなんて思いません。それなのに島谷さんは持ってるもの捨てるんですか? みんなが欲しいと思っているものを自分で捨てるんですか? 島谷さん、私・・私・・親不孝な人は嫌いです」

みね子の、ささやかな、いじらしい「赤坂の恋」は終わりを告げます。

しかし、近年の朝ドラで、これだけ真実味のあるセリフを聞いたことがありません。ドラマというフィクションだからこそ伝えられる人生のリアルであり、生きることの重みが込められていました。

この秀逸な脚本を書いているのは、『ちゅらさん』などを手がけてきた岡田恵和さん。ヒロインの谷田部みね子は、『とと姉ちゃん』の小橋常子や、『べっぴんさん』の坂東すみれのように、「功成り名遂げた実在の人物」がモデルではありません。『ひよっこ』は、いわば市井に生きる私たちの物語なのです。

<追記>

今週末、「TBSレビュー」で話をさせていただきます。

7月30日(日) 午前5時30分~6時「TBSレビュー」。

テーマは、ドラマ「あなたのことはそれほど」です。

早朝ですので録画予約などして(笑)、ご覧いただけたら幸いです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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