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「1安打勝利」と言えば、野村克也。2試合でホームランを打ち、監督としても白星

宇根夏樹ベースボール・ライター
野村克也 1977(写真:岡沢克郎/アフロ)

 3月2日のオープン戦で、北海道日本ハム・ファイターズは、東京ヤクルト・スワローズを相手に「1安打勝利」を記録した。7回裏に、四球、遊撃ゴロ(二塁封殺)、二盗、送りバントで2死三塁とし、佐藤龍世の二塁打で得点。1対0で勝利を収めた。この試合を通して、北海道日本ハムのヒットは、他にはなかった。

 シーズン中の「1安打勝利」は、1リーグ時代の7度を含め、37度記録されている。直近は、2019年7月16日のオリックス・バファローズだ。1回裏に、先頭打者の福田周平が遊撃内野安打で出塁し、送りバントと野選で1死一、三塁となった後、吉田正尚が犠牲フライで福田を生還させた。その後、オリックスはヒットも得点も皆無ながら、1対0で東北楽天ゴールデンイーグルスを下した。

 37度の「1安打勝利」のうち、唯一のヒットがホームランだったことは、これまでに15度ある。このホームランを打ったのは、14人だ。野村克也だけが、2本を記録している。いずれも南海ホークス時代の、1958年8月31日(ダブルヘッダー1試合目)と1966年5月28日だ。それぞれ、阪急ブレーブスの種田弘と近鉄バファローズの長田裕之から打った。そして、どちらの試合も、野村とバッテリーを組んだ皆川睦男が、相手を完封した。

 この2試合の間に位置する、1962年6月30日にも、野村は「1安打勝利」出場している。野村は無安打ながら(広瀬叔功が三塁打)、皆川とのバッテリーで完封は、ホームランを打った2試合と同じだ。

 また、監督としても、野村は「1安打勝利」を経験した。南海時代の1975年5月5日(島野育夫が単打)は、プレーイング・マネージャーとして、自身も出場していた。その20年後の1995年4月26日は、ヤクルト・スワローズで采配を振っていた。この試合は、8回裏に土橋勝征がホームランを打った。

 なお、3月2日に「1安打勝利」を収めた新庄剛志監督も、被安打1本で敗れた高津臣吾監督も、選手時代に野村監督の下でプレーしている。それについては、こちらで書いた。

「野村克也監督の下でプレーした「監督」は新庄剛志が18人目」

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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