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2010年代はヤンキースの暗黒時代!? ワールドシリーズ進出なしの「ディケイド」は1910年代以来

宇根夏樹ベースボール・ライター
アロルディス・チャップマン(ニューヨーク・ヤンキース)Oct 19, 2019(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ニューヨーク・ヤンキースは、2010年代(2010~19年)に一度もワールドシリーズへ進めなかった。これは、ベーブ・ルースが加わる前の2ディケイド、1900年代と1910年代以来のことだ。1920年代から2000年代までの9ディケイドは、いずれもワールドシリーズ進出を果たしてきた。1950年代に至っては、10年間に8度もワールドシリーズへ進んだ。

筆者作成
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 もっとも、2010年代は、ヤンキースにとって暗黒のディケイドだったわけではない。ポストシーズン進出は7度を数え、このディケイドではロサンゼルス・ドジャースと並び、最も多い。ドジャースは2013年から地区7連覇中。ヤンキースは地区優勝3度(2011、2012、2019年)とワイルドカード4度(2010、2015、2017、2018年)だ。

 昔と比べ、ポストシーズンに進出するチームは増えた。その一方で、ワールドシリーズまでの道のりは険しくなった。例えば、初めてワールドシリーズが開催された1903年は、リーグ8チームのうち1チームが、ポストシーズンに進出した。割合にすると12.5%だ。現在はリーグ15チーム中5チーム(地区優勝3チームとワイルドカード2チーム)なので、33.3%がポストシーズンへ進む。ただ、1968年までは地区制がなく、レギュラーシーズンのリーグ1位=ワールドシリーズ進出(リーグ優勝)だった。今日、リーグを制してワールドシリーズに到達するには、地区優勝でもポストシーズンで7勝、ワイルドカードなら8勝を要する。

 今年のワールドシリーズで対戦する両チームのうち、ア・リーグ西地区優勝のヒューストン・アストロズは、ディビジョン・シリーズ(3勝2敗)とリーグ・チャンピオンシップ・シリーズ(4勝2敗)を勝ち抜けてきた。ナ・リーグでワイルドカードを得たワシントン・ナショナルズは、その2シリーズ(3勝2敗と4勝0敗)の前に、1試合限りのワイルドカード・ゲームでミルウォーキー・ブルワーズを下した。

 ディケイドとは必ずしも一致しないが、ルース入団後におけるヤンキースの暗黒時代は、1965~75年と1982~93年だ(1994年はストライキにより、ポストシーズンが開催されなかった)。11年間と12年間にわたり、ポストシーズンとは無縁だった。1921年のリーグ初優勝以来、ヤンキースが4年以上続けてポストシーズン進出を逃した期間は、他に存在しない。

 ヤンキースで1000試合以上に出場した45人のうち、その間にワールドシリーズを一度も経験できなかったのは、3人だけだ。ハル・チェイスは1905~13年、ホレイス・クラークは1965~74年、ドン・マッティングリーは1982~95年に、ヤンキースでプレーした。これらの期間はそれぞれ、ルース入団前、暗黒時代の前者、暗黒時代の後者に当てはまる。チェイスとクラークは、その後、他のチームでもプレーしたが、キャリアを通してポストシーズン出場は皆無。マッティングリーは選手時代をヤンキース一筋に過ごし、最終年に初めてポストシーズンの舞台に立つと、ディビジョン・シリーズの5試合で24打数10安打(打率.417)、6打点を記録したが、ヤンキースは2勝0敗からシアトル・マリナーズに3連敗を喫した。ヤンキースが1点リードして迎えた第5戦の11回裏に、エドガー・マルティネスが二塁打を打ち、ジョーイ・コーラに続いてケン・グリフィーJr.がホームインした、あのシリーズだ。この一打は「ザ・ダブル」と呼ばれている。

 現在、マッティングリーはマイアミ・マーリンズの監督を務めている。マーリンズのCEOであるデレク・ジーターは、1995~2014年にヤンキースでプレーし、ワールドシリーズに7度出場。5つのチャンピオン・リングを手にした。彼らは、2人ともヤンキースのキャプテンだった。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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