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ヤンキース王朝の幕開けとなったグラブの値段は2万2705ドル

宇根夏樹ベースボール・ライター

2月21日、デレク・ジーターの本塁打をキャッチしたグラブが、2万2705ドルで落札された。

これだけでは、何のことやらわからない人もいるだろう。

それは1996年10月9日、ア・リーグ・チャンピオンシップシリーズの第1戦で起きた。場面は8回裏1死走者なし。スコアは3対4で、ニューヨーク・ヤンキースがボルティモア・オリオールズにリードされていた。

ジーターのバットが捉えたボールは、ライトへ飛んでいった。トニー・タラスコがフェンスの手前でグラブを構えて捕球態勢に入る。しかし、ボールはタラスコのグラブではなく、その真上に12歳の少年が差し出したグラブに収まった。判定は本塁打。タラスコは激昂し、デービー・ジョンソン監督も激しく抗議したが、判定は覆らなかった。少年のグラブは明らかにフェンスから突き出ていた。それがなければ、タラスコは楽々と捕れていただろう。今日のようにインスタント・リプレーがあれば、アウトになっていたに違いない。

同点に追いついたヤンキースは、11回裏にバーニー・ウィリアムズの本塁打でサヨナラ勝ち。ジーターの本塁打をアシストしたジェフリー・メイヤーは、時の人となった。ヤンキースは続く第2戦こそ落としたものの、第3戦から3連勝して15年ぶりのリーグ優勝を果たし、18年ぶりのワールドチャンピオンにも輝いた。ヤンキースは以降の5年間でワールドシリーズを4度制した。

そのグラブがオークションにかけられた。もちろん、タラスコのグラブではない。APの記事によれば、グラブを落札したのは、とあるコレクターだという(どうやらジーターではないらしい)。また、オークションにかけたのもメイヤーではなく、落札前にヤフー・スポーツのイスラエル・ファーが書いた記事によると、数年前にメイヤーからグラブを購入した者ということだ。グラブは黒いミズノ製。オークションは1万3000ドルからスタートした。

ポストシーズンの試合で観客が捕球を妨げたケースとしては、2003年のナ・リーグ・チャンピオンシップシリーズ第6戦の出来事も有名だ(観客がいなくてもシカゴ・カブスのモイゼス・アルーは捕れなかったと思うが)。観客の名前から「スティーブ・バートマン事件」として知られている。この時のボール(バートマンはグラブをはめていなかった)もオークションにかけられ、11万3824ドル16セントで落札後、カブスのファンが見守る前で爆破された。

アルーがこのファウルを追った時点で、カブスはフロリダ(現マイアミ)・マーリンズに3点差をつけ、58年ぶりのワールドシリーズまで5アウトに迫っていた。ワールドチャンピオンになっていれば、95年ぶりの栄光だった。その後もカブスはワールドシリーズに駒を進めることなく、今日に至っている。オリオールズのワールドシリーズ出場と優勝は32年前の1983年が最後。カブスと同じく半世紀以上もワールドシリーズから遠ざかるようだと、その時にはメイヤーのグラブが再び注目を集めるかもしれない。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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