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感染症対策はそろそろ都市圏単位を基本に。官邸発・全国一律主義から卒業しよう

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
大阪人は古来、海を見ては西方浄土を想ってきた(筆者撮影)

 第2波がじわり到来の気配だ。そんななか政府は「いまさら見直せない」とGOTOキャンペーンを実施しようとする。それに対して東京、大阪のみならず、新潟など各地知事が大丈夫か、延期すべきかもしれないと問題提起をする。さらに数日前には兵庫県知事からは東京批判めいた言葉が飛び出した。国も感染者数が減らない東京都を批判する。国と地方の間に不協和音の気配が漂い、国民が心配している。

〇感染症対策は社会全体の総力戦

 第1波はたまたま先進国の中でも軽い被害に収まった。だが感染症は手ごわい。国と地方の連携はもとより、医療の枠を超えて官民が連携し個々人も最大限に気を付ける必要がある。つまりこれは準戦時体制、社会の総力戦である。今月、愛知県は来たる第2波に備えて第1波の教訓を検証する委員会を立ち上げた。筆者も行政と経営の分野の専門委員として検証作業に参加し始めた。そこで今回は大都市経営の視点から第1波で起きたことの総括をしてみたい。

〇なぜ日本はコロナに強かったのか?

 日本は人口当たり死者数ではトップクラスの好成績を収めた。100万人当たり死者数は米国361人、ドイツ106人に対して日本はたった7.5人だ(6月21日時点)。政府は「日本モデル」というが、私は3つの要素が大きいと思う。第1はマスク着用に始ま

る人々の行動変容、第2は医療従事者たちの使命感と頑張り、第3は感染の多い都市部、特に東京、大阪、愛知、神奈川、北海道の知事と都道府県、医療の現場がよく頑張ったことである。

〇「マスク」は日本人の戦闘服

 

 マスクの効果は大きい。飛沫感染の防止だけでなく、個人と集団に大きな行動変容をもたらした。マスクをつけるとウイルスのついた手で口の周りを触れなくなる。マスク着用で予防に向けた心のスイッチが入り、頻繁な手洗いを心掛ける。さらに他人のマスクは目に見える形で「マスクをつけろ」と同調圧力をかける。かくしてマスクはコロナと戦う日本人の戦闘服と化した。人は誘惑に弱く、生活習慣はなかなか変えられない。生活習慣病に悩むわが国の医療において「行動変容」はほとんど永遠の課題とされてきた。体に悪いと分かっていても暴飲暴食、喫煙、夜更かしを続ける人は減らない。ところがコロナで私たちは一斉にマスクを着用した。それが集団のマスク着用への同調圧力へ、ひいては飲食店やパチンコ店に閉店を迫る“自粛警察”と言われる動きにまで発展した。マスクおそるべし、である。

〇都市部自治体の頑張り

 パンデミックになると、社会全体を統率するリーダーが必要になる。その役割を果たしたのが、都市部を中心とする知事たち、特に大阪府の吉村知事、東京都の小池知事、北海道の鈴木知事、愛知県の大村知事、神奈川県の黒岩知事らだった。吉村大阪府知事は寝食を忘れる仕事ぶりが評価され、親しみを込めての「#吉村寝ろ」というツイッターのハッシュタグすら生まれた。

 吉村知事の頻繁な情報公開と自粛要請の記者会見は、人々の心の支えとなった。とりわけ4月7日の緊急事態宣言、ステイホーム期間の始まりに際しての「2週間後までの未来は決まっているけど、そこから先の未来は変えられます」というフレーズは大阪だけでなく全国民を感動させた。小池東京都知事もロックダウンの可能性、東京アラート等、お得意のキャッチフレーズを次々と繰り出し、タイムリーな情報提供を続けた。

 都道府県という役所はふだんは何をしているのかよくわからない。知事は地味な存在で、閣僚や市町村長に比べ、ふだんはニュース番組でも見かけない。だが医療は都道府県の担当だ。病院や保健所も管轄している。今回は各地の知事が直接市民に訴えかけた。それが奏功し、不安解消につながった。

〇官邸を評価しない国民

 国の施策はどうだったのか。わが国は感染者や死者も少なく、他国と比しての大きな失策はなかった。緊急経済対策の打ち出しもスピーディーだった。GDP(国内総生産)の2割もの規模の経済対策、そして第1次25兆円、第2次31兆円、総額57兆円という予算の規模も出色の出来といえよう。だが内閣の支持率は4~5カ月間に大きく下がった(共同通信調査では2020年1月の49.3%が6月は36.7%に低下)。吉村知事らの活躍の一方で、安倍総理は国民からコロナ渦を乗り切るリーダーとしての信頼を得ることができなかった。

 不人気の要因は多々ある。“アベノマスク”の配布の不手際、SNS(交流サイト)への投稿で犬と自宅でくつろぐ姿を流したこと、記者会見で「前例のない規模の」「比類なき」「世界に誇れる」といった抽象用語を連発する官僚の作文を読み上げ、あきれられたことはよく指摘される。さらに電通等への再委託問題やPCR検査体制の不備などの報道が重なった。ちなみにコロナ以前から森・加計・桜問題でもともと官邸は国民の信頼を失いつつあった。そこに黒川検事の定年延長や検察庁法改正問題も加わり、総理のリーダーシップへの反発につながったと思われる。

 〇国単位での感染症対策には限界

 総理は3月2日からの全国一律の学校閉鎖を呼びかけた。さらに官邸は担当省庁の厚生労働省を超え、都道府県を超えて頭越しで各家庭にマスクを配った。加えて総理がSNSで全国民にステイホームを呼びかけた。しかし、こうしたアクションは、そもそも官邸主導でやる必要があったのか。市中のあれこれまで官邸が差配するという発想自体が間違っていないか。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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