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「社会課題解決チルドレン」は鍛えて育てよう――等身大で課題は考える

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
筆者所蔵画像

「社会課題の解決」が時代のキーワードになりつつある。企業は「社会課題の解決」をビジョンに掲げ、多くの中高年の資産家が「社会課題の解決」に挑む若者を支援したいと言う。若者たちも「社会課題の解決」に挑みたいと口をそろえ、入試でも面接でも「社会課題の解決」をしたいと言う。

20年ほど前には、猫も杓子(しゃくし)も「改革」がキーワードだった。私たちの世代は、日本の改革、企業の改革、政治改革、行政改革など改革とともに生きてきた。それが今は「社会課題の解決」に取って代わられた感がある。立身出世や私利私欲の追求よりも社会課題の解決が先に立つというのは素晴らしい時代だ。しかし、何かおかしくないか。そしてどこか嘘くさくないか。

●社会課題とは何か

そもそも「社会課題」ってなんだろう。ネット上には「少子化」「子どもの貧困」「空き家問題」「脱炭素戦略」から「動物の福祉」「財政再建」「交通安全」までいろいろある。要は利害対立なくみんなが心配したり困ったりしている課題は全部、社会課題といえそうだ。

そして多くの場合、解決の担い手は行政機関ではなく、NPOや社会起業家、そして企業とされる。つまり最近、話題になっている「社会課題の解決」とは行政機関が手に負えない、あるいは取り組みが不十分な「みんなの困りごと」に対し、誰かが率先して取り組むボランタリーな活動を指すと考えていいだろう。

●目に見えない「抵抗勢力」との闘い

だが世の中は甘くない。「社会課題の解決」に立ちはだかる障害は多々ある。一つは抵抗勢力との闘いである。20年前の「改革」では「抵抗勢力」との闘いに主眼が置かれた。例えば郵政民営化では特定郵便局長らが、国鉄の民営化では労働組合が、規制改革では既得権益勢力の存在があぶり出され、彼らとの闘いが改革の主眼だった。社会課題の解決でも目立たないが彼らはいる。そして彼らの存在は目立たないがゆえに、また主張しないがゆえに厄介である。

例えば「空き家問題」なら商店街の真ん中に朽ちかけた空き家を放置する家主が抵抗勢力だ。「少子化問題」では家事を手伝わない男性や保育所建設よりも道路建設に予算を回せという議員が抵抗勢力だ。しかし彼らは表立って主張しない。また抵抗しているという自覚がない場合もある。社会課題の解決では戦うべき「敵」がはっきりしないし、個別にばらばら出てくるから厄介だ。

●解決の意味と目標があいまい

「社会課題の解決」は、多くの場合、課題が大きすぎて「解決」に挑む人の目標設定がしにくい。例えば「xx市内の出生率をXX%に上げる」といった目標設定をしても、子どもを生むかどうかは若い女性たちの個人の判断であり、それを促す手段は官民あわせて多岐にわたる。よってNPOや個人の課題解決者が目標を立てたところで達成できるかどうかわからない。

解決の担い手が行政機関の場合でも本気でやるなら膨大な資金が必要だ。民間人の「解決者」に全部の課題を解決できるわけはない。よって「解決する」という言い方自体がそもそも誇大広告、妄想といえなくもない(もっとも起業やベンチャーも妄想から始まり、大企業に成長するのだが)。

例えば商店街の空き店舗に若者がチャレンジショップとしてアクセサリー店を開いたところで商店街はたいして活性化しないと誰もが内心では思っていたりする。しかし挑戦自体は美徳なので行政機関や企業は、「社会課題の解決」の名目で補助金や寄付金を出し、それで解決に向けた行動に着手したとする。だが、おかしくないか。特に税金を使う場合にはおかしな投資になりかねない。

●「社会課題解決チルドレン」の誕生

最近は、誰かが「社会課題の解決」に挑むと言い出せば、必ず周りは素晴らしいこと、いいこととして手放しで応援する。だが数年後、こうしたプロジェクトは失敗して消えることが多い。ベンチャー企業と同じで成功するほうが少ない。これは古来からのものの道理である。失敗が多いとわかっているにもかかわらず手放しで応援し続ける人たちの心理は実は倫理的でない。

「いいことだね」「頑張っているね」と動機を称賛するのはいい。だが、やり方については大いに挑戦し批判すべきだ。「果たしてそのやり方でいいのか」「そんな程度で解決につながるのか」といったチャレンジを仕掛けなければならない。ところが今はそれをしない。「不適切にも程がある」「ハラスメントだ」と批判されたくないからだ。かくして「社会課題解決チルドレン」ともいうべき、甘ちゃんの社会起業家が各地に生まれつつある。

これでいいのか、これからの日本。私たち昭和生まれの世代は満身創痍(そうい)になって改革に挑み、抵抗勢力に泣かされつつ鍛えられ、ノウハウを磨いてきた(そして失敗も重ねてきたわけだが)。甘ちゃんの社会課題解決チルドレンには「改革世代」の我々が注文をつけ、教え、鍛えなければならない。

●等身大の課題を見据える

 具体的に甘ちゃんの社会課題解決チルドレンをどう鍛えるか。第1には「社会課題」を等身大の課題に置き換えさせる。例えば「少子化問題」に挑むという若者に対しては、なぜ子どもが増えないか考えてみようと原因を掘り下げさせる。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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