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「球団幹部、不振でもイチローへの信頼は揺るぎない」は、日本メディア特有のMLB報道でのミスリード

豊浦彰太郎Baseball Writer
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

開幕から不振が続くイチローだが球団の信頼は揺るぎない、とする記事を見つけた。正直なところ、メジャーの事情に疎い日本人選手「命」の読者をミスリードするものだと思う。大げさに言えば、メディアの倫理観が問われるべきではないか。

その記事は、「不振続いてもイチローの信頼は落ちない その存在理由とは・・・」というもので、マーリンズの編成責任者マイケル・ヒへのインタビューを中心に構成したものだ。

ぼくは、イチローにはぜひとも復調して欲しいが、現在の状況はそれなりに深刻なものだととらえている。しかし、ヒル氏曰く「私たちは心配していない」「彼の存在はこの球団にとって非常に重要」だというのだ。あまつさえ、彼は一人称をI(私)ではなく、We(わたしたち)を使っており、これは彼のコメントは球団の総意だとしている。記事を読んだ純粋な読者は胸を撫で下ろすことだろう。

しかし、見落としてはいけない点がある。メジャーリーグに限らず彼の地の文化では、外部から内輪のメンバーについて意見を求められるとかならず褒める、ということだ。これが、外国人選手(イチロー)についてで、取材者がその選手の母国(日本)のメディアならなおさらで、外交辞令満載で対応する。ぼくに言わせれば、一人称が複数(We)なのは、これが「広報コメント」であることの証だ。仮にイチローが20打数連続凡退を喫したとして(もちろんそんな事態は望んでいないが)その直後にコメントを求めても、「少しも心配していない」と答えるだろう。このこと自体はさほど問題ではない。それが彼らの文化であり、礼儀だからだ。

しかし、「ほめちぎる」ことを分かった上で、それを引き出す止めにインタビューを行い、「エラい人も褒めている」という記事を構成するのはどうだろう。決して、「不振のイチローに対し、球団がどう考えているか知りたかった」、その結果「厳しい評価も予想していたが、それでも球団の信頼は揺るぎないことが判明した」のではないはずだ。

これらの記事の背景にあるのは、「外国で評価されている」ということにとても弱い日本人の特性とともに、報道媒体がどんどん既存メディアからウェブにシフトした結果、読者にどれだけ指示されたかがページビュー(PV)という数字で即座に判明することだろう。とにかくメジャー絡みでPVを稼ぐには「日本人(できればイチロー)」と「絶賛」が必要なのだ。これは、女性芸能人による「ノーバン始球式」の見出しと同様だ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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