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高校生の記事に端を発した「大食い競技」批判はどうなった? 反論に対する6つの答え

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

大食い競技の記事

先日、大食い競技に関する記事を寄稿しました。その内容とは、次の通り。

ある高校生記者が、テレビ番組の大食いチャレンジに対する違和感を高校生新聞オンラインに投稿しました。この疑義が反響を呼んだので、以前から表明している私の見解も述べたのです。

大反響の高校生による「大食い競技」批判は正しいか? 考察するべき5つのこと(東龍)/Yahoo!ニュース

記事がYahoo!ニュースのトピックスに掲載されたこともあり、多くの意見が寄せられました。中には反論もあったので、当記事で説明していきましょう。

また、大食い競技も早食い競技も、結果的にはある時間内により多くの物量を食べるということで、本質は同じなので、ここではまとめて大食い競技と明記します。

摂食障害と嘔吐が問題

大食い競技で最も大きな問題は、摂食障害と関連が深いこと、そして、競技中や競技後に嘔吐が起きること。なぜならば、摂食障害を悪化させたり助長したり、嘔吐を誘発したり認めたりするコンテンツは、全くもって健全ではないからです.したがって、この2つを切り離した議論は、全く意味をなさないと考えています。

摂食障害:神経性食欲不振症と神経性過食症/厚生労働省

嘔吐 | 看護師の用語辞典/看護roo!

摂食障害は食行動の重篤な障害を特徴とする精神疾患であり、嘔吐は脱水症状や電解質異常症状が出現したり、吐物を誤嚥して肺炎や窒息をきたしたりする危険な行為です。

これらに正面から向き合わなかったり、うやむやにして隠そうとしたりするのは、非常に不誠実です。ましてや、フードファイターと称賛してヒーロー化することは、欺瞞であるとしか思えません。

「食材がもったいない」「料理を無駄にしている」「つくり手をリスペクトしていない」「SDGsに反している」といった事柄も、摂食障害と嘔吐が絡むことによって、問題がさらに深化します。

大食いの方を非難していない

前回の記事でもことわっていますが、普通の人よりもたくさん食べる大食いの方を否定したり、非難したりしたいのではなく、大食いの方と対立を深めたり、敵対したりしたいのでもありません。あくまでも、問題にしているのは、大食い競技そのものです。

大食い競技によって摂食障害の症状が悪化したり、新たな摂食障害者を促進したりすることもあるので、参加している大食いの方は犠牲者であるともいえます。ただ、大食いの方の中には、大食い競技で賞金や報酬を獲得したり、有名になって他の活動に寄与したりし、大食い競技に依拠している方もいるのが、事態を複雑にしているところ。

しかし、そうであったとしても、摂食障害と嘔吐の問題がクリアにならない限り、影響力のあるテレビで大食い競技を放送するのは不適切であると考えています。

他のスポーツと違う

大食い競技がスポーツではないのであれば、他のスポーツも体を駆使しているのでスポーツではない、という指摘もあります。

前述したように、大食い競技は、摂食障害や嘔吐と非常に関係性が強いです。これは体の酷使ではなく、病気であったり、危険な症状であったりするものです。単に体を酷使しているわけではないので、他のスポーツも同様であるとする指摘は正しくありません。

JSPO(公益財団法人 日本スポーツ協会)

さらには、多くのスポーツ団体が加盟している日本スポーツ協会は、健全性を保とうと努力しています。大食い競技の関連団体や関係者は、課題意識をもっているのでしょうか。

大食い競技で死に至ることもあります。

早食い、大食い競争はなぜ危険なのか──食べ物を詰まらせるだけでなく長期的には癌のリスクも/ニューズウィーク日本版

死亡事案については枚挙に暇がないほどであり、少し調べればいくつも見つかるでしょう。海外でも起きており、同様に危険性が指摘されています。

浪費に意義があるか

SDGsに逆行しているかもしれないが、これくらいの無駄はいいだろうという主張もあります。

確かに、無駄が大きいところを改善するのが最も効率はよいでしょう。しかし、各個人が行うことの積み重ねや集合によって、世の中が成立しているという面もあります。

世界的な人口増加や環境変動によって、世界で資源が枯渇しようとしている中で、無駄に食材や料理を消費することに何か意味を見出だせるのでしょうか。無駄にするよりも、無駄にしない方が、意義があることは明白です。

大食い競技では、1人あたり何十人分、何キロという分量を浪費しており、少ない量であるとは思えません。

時代によって変わる

昔はよかったのに、制限が多くなるとつまらなくなる、といった声も聞かれます。

しかし、時代によって社会の状況が変わるのは当然のこと。昔は大食い競技の摂食障害や嘔吐が知られていなかったり、それが問題であると認識されていなかったりしていただけです。

人をいじめて楽しむお笑いがもう古いのと同じように、食べ物を粗末にして成り立つ競技はもうエンターテインメントではありません。SDGsを高らかに謳ったり、弱者に寄り添う姿勢を見せたりする一方で、食べ物を無駄にしたり、摂食障害者を見世物にしたりするテレビ番組が存在するのは明らかなダブルスタンダードです。

喜んでいない人がほとんど

つくり手をリスペクトしていなくても、提供店の宣伝になるからいいのではないかという意見もあります。

しかし、提供店の利益につながることと、つくり手へのリスペクトがあることは、全く関係がありません。

飲食業界の全体であったり、大食い競技で提供される料理の業態、たとえば、ラーメンであればラーメンという業態、カレーであるとすればカレーという業態であったりすれば、どうでしょうか。

利益を享受する提供店以外は、味わって食べず、よく噛みもせず、胃に流し込む姿を見て、喜ぶとは思えません。生産者も同様です。喫食者が嘔吐する可能性も考慮すれば、なおさらのことでしょう。

是非を考えてもらいたい

大食い競技について論点はいくつかありますが、前述したように最も大きな問題は、摂食障害と嘔吐です。これらを全く解決せず、大食い競技を開催するのは瞞着であるとしかいいようがありません。

テレビ制作者には、大食い競技の是非について、真摯に考えてもらいたいと思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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