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帝国ホテル 東京料理長が目の前で紡ぐ“本気”のヴィーガン料理とは? 目的が売上の増大ではないワケ

東龍グルメジャーナリスト
ル サロン アンティミテ for ヴィーガン (C) 東龍

ヴィーガンメニュー

現在は多様性の時代ですが、ファインダイニング=高級レストランにとって大変なのが、ヴィーガン対応。なぜならば、ヴィーガンメニューでは、魚介類や肉類、卵、牛乳やバターといった動物性の要素が一切使用できないからです。

しかし、ラグジュアリーホテルであるからこそ、ヴィーガンガストロノミーを打ち出しているのが、帝国ホテル 東京。同ホテルの料理長である杉本雄氏監修のもと、2022年10月から直営レストランのヴィーガンメニューが拡充され、フルコースからアラカルト、ホテルショップ「ガルガンチュワ」の商品まで、幅広いラインナップが揃いました。

杉本雄氏とは

1980年生まれの杉本氏は、2019年4月に38歳という若さで第14代東京料理長に就任したという、実力派の料理人。

1999年に料理人としてのキャリアを帝国ホテルでスタートした後、2004年に退社して渡仏し、帰国するまでの13年間、フランスをはじめヨーロッパで研鑽を積んできました。1835年創業のホテル、ル・ムーリスでは、鬼才ヤニック・アレノ氏と巨匠アラン・デュカス氏という、現代を代表する料理人のもとでシェフを務めます。そして、同ホテルのメインダイニングでミシュランガイド三つ星を獲得したという、輝かしい経歴の持ち主です。

杉本氏が監修

「レ セゾン」の個室 (C) 東龍
「レ セゾン」の個室 (C) 東龍

この杉本氏が監修したヴィーガンメニューは以下の通り。

ミシュランガイド一つ星のフランス料理「レ セゾン」では「ヴィーガン フレンチガストロノミー」と「ル サロン アンティミテ for ヴィーガン」、鉄板焼「嘉門」では「菜食美味」、オールデイダイニング「パークサイドダイナー」では6種類のアラカルトメニューを用意するなど、杉本氏の本気度が窺えます。

特に注目したいのが「レ セゾン」の「ル サロン アンティミテ for ヴィーガン」(1組2人90,000円、1人45,000円、10日前までに要予約)。個室で1日1組だけのゲストを迎え、杉本氏が自ら調理から演出までを行う、特別ディナー「ル サロン アンティミテ」のヴィーガン版です。

ゲストのリクエストや好みに合わせたヴィーガンメニューが提供され、その時季においしい食材が目の前で仕上げられ、五感で楽しめます。

では、杉本氏による「ル サロン アンティミテ for ヴィーガン」のメニューを詳しく紹介していきましょう。

白アスパラガス/若わかめ

ヴァバロワーズ仕立て 徳島県産生わかめのキュイッソンミニュット

生のワカメを軽く湯通し (C) 東龍
生のワカメを軽く湯通し (C) 東龍

白アスパラガス/若わかめ (C) 東龍
白アスパラガス/若わかめ (C) 東龍

最初はカクテルグラスで供された、旬味が詰まった一品。杉本氏が、2月に解禁された徳島県の生のワカメを、目の前で軽く湯通しします。ほのかに漂う海の香りが印象的です。ホワイトアスパラガスは皮をあえてむかずに表面をグリルし、自然なえぐみを残しています。シャキシャキとした食感が印象的です。グラスの底にはホワイトアスパラガスのババロアと沖縄県のトウモロコシが敷かれ、コブミカンの葉、八丈島フルーツレモンでキリっとした酸味を加えています。

杉本氏いわく「ホワイトアスパラガスの茹で汁はトウモロコシに似たような風味がするので、相性がよいと考えました。そのトウモロコシのジュレは、グラム単位で調整した最小限の寒天とコーンスターチを使い、ゼラチン(動物性)を使用した時と同じような、なめらかな口当たりになるよう仕上げました」

聖護院カブ モルト香る3時間ロースト

モルト釜の3時間ロースト、蕪ブイヨンのシンプルなジュを一緒に

聖護院カブ モルト香る3時間ロースト (C) 東龍
聖護院カブ モルト香る3時間ロースト (C) 東龍

聖護院カブ モルト香る3時間ロースト (C) 東龍
聖護院カブ モルト香る3時間ロースト (C) 東龍

聖護院蕪の滋味が最大限に表現された前菜。聖護院蕪をまるごと麦芽で包んで3時間じっくりローストしました。聖護院蕪はほんのりモルト香をまとっているので、ワインにもぴったりです。ソースは聖護院蕪と臭みや辛味を除いたニンニクからつくり、自然な甘味。スモークしたパプリカ、ほうれん草、竹炭で彩ったカネロニの上には、海ブドウとアクセントになるエストラゴンが添えられています。彩りも味わいも豊かです。

アーティチョーク

ポワブラードのクルスティーフォンダンにテロワール感じるブイヨンを添えて

アーティチョーク (C) 東龍
アーティチョーク (C) 東龍

アーティチョークを主役にしたフリットとブイヨンを提供。アーティチョークはポワブラードの上にまるで生け花のように添えられています。ほのかな苦味が出色です。黒トリュフのスライスとペーストを合わせて、イタリアの黒胡椒でアクセントを。希少な春野菜のハマボウフウを添えて、爽やかな味わいに。

サイフォン (C) 東龍
サイフォン (C) 東龍

ブイヨン (C) 東龍
ブイヨン (C) 東龍

ブイヨンはアーティチョークの葉っぱなどの端材、タイム、ローリエをサイフォンで抽出。動物性の要素が一切ないのでさっぱりしていて、味わいが濃縮されていて癖になる幽香。

天恵菇

鹿児島県産若竹としいたけのエスカルゴバターロースト ホワイトバルサミコのさわやかな酸味とともに

天恵菇 (C) 東龍
天恵菇 (C) 東龍

天恵菇 (C) 東龍
天恵菇 (C) 東龍

天恵菇は、徳島県で誕生した巨大椎茸。芳醇な旨味があって、直径7センチ以上と肉厚なのでアワビのようです。薄くスライスした天恵菇も添えて、異なる味わいとテクスチャが楽しめるようになっています。初どりのタケノコはココナッツオイルを主体としたヴィーガンバターを用いてエスカルゴバター風に仕上げられており、非常に香ばしいです。ピーナッツ、ヘーゼルナッツ、木の芽が散りばめられ、メリハリのある一皿に。

タルト ー ティーボ/山菜

黒トリュフと山菜のタルト ー ティーボ 根菜のエッセンスで

タルト ー ティーボ/山菜 (C) 東龍
タルト ー ティーボ/山菜 (C) 東龍

タルト ー ティーボ/山菜 (C) 東龍
タルト ー ティーボ/山菜 (C) 東龍

チコリやトレビスの仲間であるイタリアの高級野菜「ラディッキオ・ロッソ・ディ・トレビーゾ・タルディーボ」の晩生ものがタルティーボ。その芯とフキノトウを炒めたペーストをタルトに敷き詰め、山菜を添え、シャキシャキとした食感に仕上げました。甘味と苦味が融合した自然の恵みを賞玩できます。

ソルガム 7種雑穀のミジョテ

ソルガムのミジョテ オニオンキャラメリゼのシャンティーとエキストラバージンオリーブオイルで

ソルガム 7種雑穀のミジョテ (C) 東龍
ソルガム 7種雑穀のミジョテ (C) 東龍

ソルガム 7種雑穀のミジョテ (C) 東龍
ソルガム 7種雑穀のミジョテ (C) 東龍

ソルガムは世界五大穀物のひとつで、日本ではタカキビやモロコシと呼ばれています。ソルガム、キヌア、レンズ豆、押麦、米、パスタ、パンプキンシードと7種類の雑穀をミジョテ=コトコトと弱火で長時間煮込みました。底にあるコンフィしたオニオンとオーツミルクのホイップは口当たりがよく、ワサビ菜の軽快なピリ辛さが小気味いいパンチ。

柑橘

日向夏、きよみ、オレンジ、文旦、グレープフルーツなど様々な季節の彩り

柑橘 (C) 東龍
柑橘 (C) 東龍

「日本の柑橘は味わいが素晴らしく、種類に富んでいます」という杉本氏が紡ぐ柑橘のデザート。柚子、デコポン、清見、文旦、日向夏、ライム、ブラッドオレンジと、様々なフレッシュな香味が楽しめます。金箔が飾られたジュレは上品なカモミール風味。

タルトポンム

現代風タルトポンム 豆乳と丹波黒豆きな粉のアイスクリームを添えて

タルトポンム (C) 東龍
タルトポンム (C) 東龍

タルトポンム (C) 東龍
タルトポンム (C) 東龍

カカオ生地を用いた紅玉のタルトです。表面の紅玉は生で、クラストの紅玉には火が入れられ、メリハリのあるコントラスト。アイスはバナナ、シナモン、豆乳、きな粉で、優しい甘味が印象的。杉本氏は「バナナ、シナモン、豆乳、きな粉のスムージーをつくって好評だったので、そのレシピをベースに今度はアイスクリームにしました」といいます。

ヴィーガン認証のワイン

左が「ルグレ・エ・フィス ミネラル シャルドネ エクストラ・ブリュット」右が「アンヌ・グロ ブルゴーニュ シャルドネ 2020」 (C) 東龍
左が「ルグレ・エ・フィス ミネラル シャルドネ エクストラ・ブリュット」右が「アンヌ・グロ ブルゴーニュ シャルドネ 2020」 (C) 東龍

ヴィーガンの方でも安心して飲めるのがヴィーガン認証ワインです。認証を受けたワインはまだ少ないですが、帝国ホテル 東京ではしっかり取り揃えられています。

「ルグレ・エ・フィス ミネラル シャルドネ エクストラ・ブリュット」はシャルドネ100%でドサージュ4g/Lの辛口シャンパーニュ。レモンやグレープフルーツの爽やかな香りがあるので、最初の乾杯や前菜によく合います。「アンヌ・グロ ブルゴーニュ シャルドネ 2020」は果実感とミネラル感のバランスに優れた、シャルドネ100%の白ワイン。旨味たっぷりの季節の野菜などにぴったりです。

テーブルウェアにもこだわり

イタリア製のレザー (C) 東龍
イタリア製のレザー (C) 東龍

個室に案内されると、テーブルには4色のレザーマットのみが飾られています。その日の気分に合わせて、朱色、黒、グレー、橙色から好みの色を選ぶとディナーが始まります。

杉本氏いわく「お客様とご一緒に、一夜限りの特別な空間をゼロからつくりあげたいという想いから、あえて事前にテーブルセッティングをしていません。レザーマットはイタリア製で、裁縫時に発生した端材となったレザーを活用しており、自然の恵みを余すところなく使う考えに共感し採用しました」。

プレートはフランスのジャン・ルイ・コケ、同アトリエで生み出されたブランドのシルヴィ・コケとジョーヌ・ド・クロームを使用しており、カトラリはクリストフルと一流品ばかり。カップ&ソーサーは日本が誇る名窯の大倉陶園で、杉本氏のイニシャルである「YS」マーク入りです。

これだけのテーブルウェアを使って食事できる機会はなかなかありません。

ヴィーガンメニューの考え方

杉本氏はヴィーガンガストロノミーについて、こういいます。

「普段は動物性食材の旨味をいかに引き立てるかを考えますが、ヴィーガンメニューでは動物性ではない食材の旨味をどのようにお届けするかを考えます。フォンやバターなどを使わないだけで、基本の考え方は変わりません。フランス料理のテクニックや表現方法を駆使して、素材そのものの素晴らしさを引き出すことを大切にしています。『フランス料理を食べたな』とお客様に感じていただけるように目指しています」

メインディッシュはお腹にたまるものがいいと、穀物に決めたといいます。レシピを考える時にワインとの相性も考慮されているので、マリアージュも文句なしでした。

「ただ単に、ヴィーガン料理をご提供するだけなら難しくありません。ヴィーガンでどのようにフランス料理を表現するか、自分の料理になっているか、そこが一番重要です」

ヴィーガンガストロノミーの需要が高まる

「レ セゾン」のエントランス (C) 東龍
「レ セゾン」のエントランス (C) 東龍

1890年に開業した帝国ホテルは、長らく日本におけるフランス料理の発展に大きく貢献してきました。昨今では、多様な背景や信条をもつゲストに選択肢を提供できる「食の多様性」の需要が高まっていることを受け、ホテル全体でヴィーガンガストロノミーに取り組んでいます。

「この取り組みで目指すところは売上の最大化ではありません。『誰ひとり取り残さない』というSDGsの観点から、食の多様性は料理人としてチャレンジし続けなければならない領域です。様々な価値観をおもちのお客様に寄り添い、心から喜んで満足していただくホテル・レストランを目指します」と杉本氏は力を込めます。

ゲストに寄り添うために生まれた帝国ホテル 東京のヴィビーガンガストロノミーは、これからますます需要が高まっていくのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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