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カツ丼1.5キロを完食できず逃走して逮捕! 飲食店が大食いチャレンジをやめるべき理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

激安デカ盛り美談

先日、テレビ番組での「激安デカ盛り美談」が飲食店にとって迷惑であるという記事を書き、大きな反響がありました。その内容とは、採算の取れないデカ盛りを提供する飲食店を、いかにも飲食業界の良心であると紹介するのは、日本の食文化にとって非常に危険であるというものです。

デカ盛り、大食い、早食いに関しては、SDGsが重視される現代においては看過できない事案。それぞれ一見すると異なるようにみえますが、その根や及ぼす影響は同じであるとして、以前から取り上げていました。

カツ丼の大食いチャレンジ

実はこれより少し前にも気になった事案がありました。ただ、新型コロナウイルスの感染が拡大している中で、記事にできなかったものがありました。

その事案とは次のようなもの。

島根県のある飲食店で、通常のカツ丼5杯分に相当する「バカツ丼」を30分以内に完食すれば1万円を獲得でき、失敗すれば3,000円を支払うという企画が行われています。大きなカツ5枚に1.5kgのご飯という驚きのボリュームであることから、約1500人の挑戦者に対して成功者が約50人という、約3.3%の低確率。地元だけではなく、県外にも知られた大食いチャレンジであったといいます。

ある男性客がこの大食い企画にチャレンジして失敗し、代金を支払わずに退店しました。所持金が0円であったことなどから、最初から支払う意思があったかどうかに疑問が付され、詐欺罪で逮捕されたということです。

明らかに男性客が悪いことに間違いはありません。ただ、飲食店にとって、大食いチャレンジは負の面があることを言及したいと思います。

食べ残しの問題

大食いチャレンジや早食いチャレンジの大きな問題点は、失敗時の食べ残しです。

明らかに必要以上の分量を用意し、食べきれなかったら廃棄するのは、好ましいとは思えません。なぜならば、地球の環境が危惧され、フードロス(食品ロス)の問題やSDGsが意識されている中で、あえて「もったいない」ことをする理由が見当たらないからです。

件の飲食店では、大食いチャレンジに失敗して食べきれなかったカツ丼を容器に詰めて、持ち帰ってもらっていたといいます。しかし、大食いチャレンジで乱雑に食べて残し、冷めておいしくなくなったものを詰めて持ち帰っているのです。チャレンジに失敗して落ち込んでいる状況で、残り物を全ておいしく食べられるものでしょうか。

状態がよく、適量の料理をその時においしく食べるのが最もよいことであるように思います。

リピーターを獲得できない

大食いチャレンジや早食いチャレンジに挑戦する客は、果たしてその飲食店が求めるターゲットでしょうか。大食いチャレンジや早食いチャレンジは、一般的な客と比べれば、はるかに多く早く食べる方たちです。そしてその中には、摂食障害の方たちも含まれているのも、別の大きな問題。

良識ある一般的な方であれば、5倍もの分量があるカツ丼に挑戦しようとあまり思いません。もちろん、失敗時にお金を支払いたくないこともありますが、自身の食事スタイルを鑑みても、食のマナーに照らし合わせてみても、好ましくないと思っているからです。

大食いチャレンジに興味があるような方は、自身の大食いを試せて、無料で食べられそうな飲食店を渡り歩くので、大食いチャレンジをした飲食店で通常メニューをリピートして食べに訪れることは少ないでしょう。

逮捕された男性のように、とにかく少しでも得をしたいと思う客が集まることは想像に難くありません。

リピーター獲得のために、大食いチャレンジを実施しているとすれば、あまり功を奏さないように思います。

良質な宣伝にならない

大食いチャレンジが宣伝となる見方もあるでしょう。

たとえば、次々とそばが入れられる岩手県のわんこそばは、日本の食文化であり、知名度の向上に寄与していると考える向きもあります。

しかし、わんこそばのスタイルはもともと、大食いや早食いを促すためのものではありません。ただ単に、行事に際して大人数に対応するために採用されただけです。

飲食店で面白い大食いチャレンジがあれば、メディアは取り上げるかもしれません。しかしそれは、その飲食店が提供する料理のおいしさやこだわりとは全く無関係。中長期的にみれば、変わったものを提供している飲食店であるというイメージが醸成されるだけです。

それでも、露出を求めてメディアに出演する必要があるのか疑問に思います。

飲食業界のデフレを招く

冒頭でも紹介した激安デカ盛りと同じように、大食いチャレンジも飲食店のデフレを招くので、あまりよいとは思いません。

飲食店で安く食事できるのは当然であるというイメージが植え付けられてしまえば、適正な値段を保持することができず、飲食店の売上や利益を増やすことは難しくなるでしょう。

料理のおいしさやこだわりではなく、とにかくボリュームだけを誇示するだけの手法では、日本の宝である外食産業はデフレから抜け出せません。飲食業界の売上や利益が減少していき、じわじわと体力が削がれてしまうことでしょう。

2013年12月に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたり、黒毛和牛を中心とする和牛や日本酒、茶などの輸出が伸びたりするなど、日本の食は世界から注目されています。

飲食店は日本の食文化に誇りをもち、飲食業界の地位を上げるべく、安売りはしない方がよいのではないでしょうか。

飲食店の自己満足にすぎない

どうして大食いチャレンジを提供する飲食店があるのでしょうか。

先に挙げたように、メディア露出の宣伝を考える飲食店もあるかもしれません。ただ、その多くは、自己満足という面が強いのではないでしょうか。

ただ単にたくさん食べている姿を見たい、自分がつくったものを一生懸命に食べているのを見てみたいという気持ちは、つくり手の立場からすると、ある程度は理解できます。

ただ、通常を逸脱した分量を食べている様子を見て満足するのは、大量消費が過去のものとなった現代においては、周囲から理解され難いのではないでしょうか。

大食いチャレンジはどうなのか

冒頭の事件では、大食いチャレンジに失敗して無銭飲食した男性が悪いことは、いうまでもありません。

ただ、大食いチャレンジそのものに言及すれば、現代における食のコンテンツとしてはあまり適切ではないように思います。フードロスや飲食業界のデフレ化の問題に始まり、ブランド価値の向上やリピーター獲得にも疑問が付されるところ。飲食店による自己満足からの発案であれば、なおさら再考していただきたいです。

緊急事態宣言が解除された今も、飲食業界は時短営業や酒類提供の制限を強いられています。飲食店で食事する価値が改めて評価されている今、前近代的な大食いチャレンジも見直されてほしいと願っています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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