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テレビで大人気の「激安デカ盛り美談」が飲食店に迷惑な理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

激安デカ盛りのテレビ番組

東京都などの飲食店は緊急事態宣言の中、時短営業や酒類提供の禁止が課されており、引き続き営業が厳しいです。この状況下にあって、つい先日、気になった記事がありました。

それは、グルメバラエティー番組に関する記事です。Yahoo!ニュースのトピックスにも掲載され、大きな反響を呼びました。

飲食店でデカ盛り、つまり超大盛りのメニューを安価で提供していることがあります。テレビ番組では、激安デカ盛りを飲食店の良心として美談に仕立て上げることが少なくありません。ほぼ全てが赤字となるインパクトのある一品なので、視聴率が高く、反響も多いです。昔からの定番コンテンツであるといってよいでしょう。

記事では、飲食店コンサルタントの成田良爾氏が、激安デカ盛りは利益がでないので経営が健全ではなく、飲食業界にとってもよくないので美談にするべきではないと述べています。

私もこれには完全に同意です。

その理由について説明していきましょう。

デフレの象徴

値段に対して不相応にボリュームが多いのは、デフレとなっている飲食業界を象徴する状況のひとつ。そしてこれは、飲食店における食事の価値が低下していることを意味しています。

飲食店で安く食事できるのは当然であるというイメージが植え付けられてしまえば、適正な値段を保持することができず、飲食店の売上や利益を増やすことは難しくなるでしょう。

2013年12月に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたり、黒毛和牛を中心とする和牛や日本酒、茶などの輸出が伸びたりしています。ミシュランガイドでは東京都は世界でトップクラスの多くの星を獲得しており、アジアのベストレストラン50でも多くのレストランがランクイン。外食市場は2019年に26兆円の市場規模を誇っており、人口減少が著しい日本において、食はますます重要な役割を担っていきます。

日本の宝である外食産業がデフレから抜け出せず、飲食業界の売上や利益が減少し、体力が削がれてしまうのはよいことではありません。

利益がでない激安デカ盛りを飲食店の良心として美談に仕立て上げるのは、単眼的な見方であるように思います。

国産食材が使われなくなる

飲食店の利益が減ってしまうと、よい食材が使えなくなってしまいます。多くの料理人は国産の食材を使いたいと考えていますが、利益が出なくなれば、それも難しくなるでしょう。

国産食材が使われなくなれば、日本の生産者が大きな損害を被ってしまいます。つまり、日本の食文化がますます衰退していくのです。

飲食業界の売上や利益を増やすことは、ただ単に飲食店に活気をもたらすということだけではありません。その後ろにある日本の食産業の全てを盛り上げることになるのです。

安くて多いことが素晴らしいと紹介するのは非常に危険な行為であるように思います。

地位が上がらない

飲食業界の収入が増えず、利益も増えなくなると、飲食業界で働く料理人やサービススタッフの地位も上がらなくなってしまいます。なぜならば、売上や利益が低くなれば、人件費を安く抑えなくてはならないからです。

人件費にお金をかけられなければ、給与が低くなってしまいます。残念ながら、給与が低い業種や職種が羨望の的となることは多くありません。

そうなると、調理やサービスの能力に秀でた人材が飲食業界に飛び込むことに躊躇してしまいます。食の担い手を確保することが難しくなり、将来の日本にとって大きな損失となるでしょう。

テレビ番組は大きな影響力があるだけに、飲食業界の地位が向上することにも努めてもらえたらと思います。

フードロスの問題

デカ盛りは、通常の数倍というサイズになっていることが普通です。したがって、食べきれずに残してしまうことも少なくありません。そうなれば、無駄に捨てられることになり、フードロス(食品ロス)が生じてしまいます。

見た目にとても迫力があれば、SNS映えを狙って最初から食べきるつもりがない人がオーダーすることもあるでしょう。単にお得ということだけで、冷やかし半分で注文する人もいます。

値段に相応しいボリュームで提供していれば、このような客が訪れることもありません。食べ残しやすくなるという問題を全く無視して、美談に仕立て上げることには大きな違和感があります。

ターゲットが異なる

激安デカ盛りで集客し、他のメニューも注文してもらうことで、売上や利益を確保するという考えもあります。しかしこれは、あまり正しくないのではないでしょうか。

そもそもデカ盛りは非常に多くのボリュームがあるので、他のメニューを注文して食べる余裕がありません。加えて、激安デカ盛りを喜んで選ぶ客はもともとコストパフォーマンスを重視しているので、あえて他のメニューも注文してコストパフォーマンスを下げるようなことはしないものです。

できるだけたくさん安く食べたい客と、できるだけよいものを高くても食べたい客とは、全くセグメントが異なっています。したがって、激安デカ盛りで客を呼んで売上を増やすというのは、ほぼ幻想であるように思うのです。

テレビ番組に取り上げてもらえれば、赤字でも宣伝になるのでよいという考えもあるでしょう。しかし、テレビ番組では、基本的にその激安デカ盛りしか紹介しません。他のメニューを紹介していたとしても、あくまでも主題は激安デカ盛りであり、他はオマケです。

激安デカ盛りが強調されることによって、相対的に他のメニューの存在感が霞んでしまいます。おいしさやこだわりではなく、とにかく安くてたくさん食べられる店というイメージが付いてしまうのは、あまりよいことではないでしょう。

美談にすることによってテレビは視聴率を稼げますが、飲食店は利益が向上するわけではないので、よい企画であるとは思えません。

テレビ番組の方向性

テレビ番組で飲食店を取り上げる際には、当然のことながら軸になる企画やコンセプトがあります。

激安デカ盛りもひとつの切り口ですが、飲食業界の助けにならない上に、世界的に課題とされているフードロスを促進させることにもなってしまいます。インパクトがあってテレビ番組の視聴率が上がるという理由だけで、激安デカ盛りを取り上げるのは好ましくありません。

日本の食文化を担う飲食業界がさらに発展していけるように、テレビ番組も方向性を考えていく必要があるのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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