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人気クレープ店で従業員がつまみ食いしながら作ったことは何が問題か? 

東龍グルメジャーナリスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

つまみ食いしながら調理

人気のクレープ店で、従業員が調理の際に不適切な行為をしたということで炎上した事件がありました。

従業員がクレープを作る際に、いくつかの食材を食べたり、指をなめたりして、しかも、周囲にいた他の従業員が誰も注意していなかったと、Twitterに投稿があったのです。

話は広がっていき、クレープ店が公式サイトで謝罪するに至りました。さらには、クレープ店が入居している施設までもがTwitterでお詫びをだすなど、影響の程度は小さくありません。

クレープ店によると、従業員に聞き取り調査したところ、食べたのは1度のみで、いくつもの食材ではなくポッキーだけ、指はなめておらず、食べた後にアルコールで消毒もしたということです。

今回の件から、問題点を整理したいと思います。

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食品衛生に関する問題点

クレープ店は食べた後にアルコールで消毒したと述べていますが、そもそも従業員がつまみ食いしながら調理するのはどういった問題点があるでしょうか。

まず挙げられるのは食品衛生からの観点です。

基本的に調理前には十分に手を洗い、病原微生物や有毒・有害物質が付着していない状態で調理を行います。そうしなければ、手に付着している病原微生物や有毒・有害物質が食べ物にも付着してしまうからです。

しかし、手を洗ったとしても、その後で、手が雑菌の多い口に接触してしまえば、意味がなくなってしまいます。手を常にきれいにしておくためにも、食べながら調理するのはよくありません。

ただ、味見が必要な時も、もちろんあります。そういった場合には、箸やフォーク、スプーンなどを用いて口にし、口を付けた器材は洗わなければなりません。

そうすることによって、手や器材、食材をできるだけいつもきれいな状態に保っておくことができます。

飲食店に対する問題点

次に問題となるのは、店の食材を勝手に食べていることです。

飲食店の食材は当然のことながら、客に販売する商品を作るために存在しています。つまり、従業員が好きに食べてよいものではありません。

味見という理由で食べることはあるかもしれませんが、ごく少量です。加えて、クレープを作るための材料は、市販されている既製品なので、それ自体をいちいち味見する必要はありません。

従業員が勝手に食材を食べてしまうと、客に提供する食材が少なくなったり、飲食店の原材料費が増えたりしてしまい、客や飲食店が被害を被ってしまいます。

窃盗罪や横領罪に問われてしまう立派な犯罪行為でもあり、基本的に許容されることではありません。

従業員確保の難しさ

食品衛生に関する問題点、および、飲食店に対する問題点は理解しやすいのではないでしょうか。

社会通念から鑑みても、商品および商品を構成する要素を好きに食べてよいと考えるのは、普通ではありません。

このクレープ店は、個人事業主が経営する個店ではなく、大きな施設にテナントとして入居している法人が運営する飲食店です。そうであれば、たとえアルバイトであったとしても、業務に関する契約をしっかりと交わしており、働く前にはオリエンテーションも行われたことでしょう。

ただ、最近の飲食業界は人件費が高騰している上に、人手不足で従業員の確保が難しい状況です。

そのため、採用したアルバイトに辞められては困るので、あまり厳しく教育できないという事情もあります。

このような背景もあって、つまみ食いしながら調理する雰囲気が醸造されたり、注意を遠慮したりするようになってしまったのではないでしょうか。

調理を見られることに対する意識

他にも重要だと思うことがあります。

それは、キッチンが外から覗けるようになっているにもかかわらず、作っているところを見られることに対して、従業員の意識が希薄だということです。

現代では外食や中食が発展しているため、小さい頃に自宅で手の込んだ調理をみることも少なくなってきました。

それなりにおいしい完成された食べ物がすぐ手に入れられるので、食べ残して捨てることを気にしなくなったり、食べ物や食材を作る人の苦労を想像できなくなったりしているといってよいでしょう。

調理している様子を見ることで、食に対する理解や想像力を育むことができます。そのため、食育のひとつとして、学生が給食の調理施設に訪れて、普段食べている給食が作られている様子を見学することもあるほどです。

口にする食べ物が目の前で真摯に作られているのを目の当たりにすることによって、調理している人に対して感謝の気持ちや敬意の念を抱くことができます。そうすれば、今度は自分が調理する側に立った時、これは感謝や尊敬に値するような行為であると認識でき、それに相応しい振る舞いをしようと思うものです。

したがって、調理風景をあまり見ないで育つと、食べ物が人にとって大切なものであると意識できなくなってしまいます。その結果、自分で調理する時、真摯に食べ物を扱えなくなるのではないでしょうか。

こういったことが、安易に食べ残したり、インスタ映えのために廃棄したり、大食いや早食いといった不毛な行為をコンテンツ化したりすることにつながっているようにも思います。

今の日本では、心を込めて調理する様子を見る機会が不足していると思わざるを得ません。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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