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店主が客の前でスタッフを激しく罵倒 飲食店での厳しい叱責がダメな理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

チーム力を高める

先日行われた、外食の未来を考えるカンファレンス「FOODIT TOKYO 2019」で、ミシュランガイドにおいて3つ星に輝く「HAJIME」のオーナーシェフ米田肇氏によるセッションが行われました。

米田氏は、2019年10月1日に放送されるNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演する、今のガストロノミーを代表する世界的な料理人です。

セッションのテーマは<CookTech最新事情 〜「調理×テクノロジー」はキッチンの現場をどう変える?〜>。米田氏は科学的調理や飲食店の運営から、外食産業のあり方について深みのある話を展開していました。

その中で特に「スタッフにはそれぞれよいところがある」「適材適所で補い合えばいい」「チーム力を強めていって、店の質を高める」と語っていたことが印象に残っています。

飲食店での説教

スタッフを大切にし、チームとしての組織力を高めるという、米田氏の考え方から、少し前に配信されたフリーライター宮崎智之氏の記事を思い出しました。

 筆者が、この世で2番目くらいに嫌いなものがある。それは、「お客の前で店員に説教する飲食店」だ。不快極まりないこうした店舗は、平成の世が終わろうとしている現在でも、根強く存在している。なぜか、いつになっても民度が向上しない店がある。

出典:お客の前で店主が店員を罵倒する飲食店、どう思う?

以上の書き出しから始まり、客の前で説教する飲食店では、不快な気持ちになったり、居心地が悪くなったりすると述べています。

 店員を叱ったのは、客のためでも店員の教育のためでもなく、自分がスッキリしたいためである。それが透けてみえるからこそ、「お客の前で店員に説教する飲食店」は嫌われるのだ。ブラック店舗は、店員だけではなく、客に対してもブラックなのである。

出典:お客の前で店主が店員を罵倒する飲食店、どう思う?

最後には、客の前で説教する飲食店は、スタッフに対してだけではなく、客に対してもブラックであると結んでいました。

記事のケースではラーメン店が舞台となっていましたが、ファミリーレストランやファインダイニングであったとしても、ホテルのレストランやラウンジであったとしても同じことでしょう。

飲食店におけるスタッフへの著しい叱責が及ぼす影響について、飲食店自身、関係業者、客について、それぞれ考察したいと思います。

飲食店に及ぼす影響

まず、その飲食店に及ぼす影響を考えてみましょう。

度を越した叱責は、キッチンスタッフの調理パフォーマンスを損ねたり、サービススタッフのホスピタリティの低下を招いたりする可能性があります。

叱責のショックにより、キッチンスタッフであれば集中力を欠き、適切な温度や時間で調理できなかったり、手先の細かい作業を完璧に仕上げられなかったりするかもしれません。

調理は段取りや手順がとても重要ですが、平常心でいられなければ間違ってしまう可能性があるでしょう。

失敗を恐れるあまり、腕があまり動かなくなってさらに失敗しやすくなるなど、悪循環に陥ることもあります。

サービススタッフであれば、ゲストの前に出た時に、叱責された動揺が現れてしまい、表情や動作が硬くなったり、料理の説明を適切にできなかったり、気の利いた受け答えができなかったりするかもしれません。

また、オーナーシェフから厳しすぎる叱責を受けたのであれば、オーナーシェフが考えて作った料理を、心の底からゲストに勧めることが心情的に難しくなるのではないでしょうか。

ソムリエであれば、鼻や舌先に影響を受けて、正しくワインを評価できなかったり、気分が落ち込むことによって、ゲストに最適なワインをチョイスできなかったりすることもあります。

直接叱責を受けたスタッフだけではなく、他のスタッフにも影響があるでしょう。全体的にスタッフのモチベーションが低減し、職場の雰囲気が悪くなります。

厳しすぎる叱責を受け続けると、スタッフは退職する可能性が高くなるでしょう。勤めている間は、その飲食店の文句や愚痴を外に向けていうことは憚られるかもしれませんが、辞めてしまえば、気遣う必要もなくなります。

退職したスタッフが、これまで受けてきたひどい扱いを周囲に話せば、パワハラやセクハラなどネガティブな事象は伝播するのが早いだけに、業界内の噂として知られてしまうことでしょう。

ただでさえ人材確保が難しい時代であるだけに、働きにくい職場であると認識されてしまうのは、飲食店にとって大きなデメリットになります。

関係業者に及ぼす影響

飲食店には仕入先などの業者が配達に訪れます。こういった関係業者に及ぼす影響を考えてみましょう。

関係業者にスタッフを叱責しているところを目撃されるのも、あまりよいことはありません。こういった業者は開店前やアイドルタイムに訪れ、営業時間ではない飲食店の素の雰囲気をよく熟知しています。

いくつもの飲食店と取り引きしており、他の飲食店の様子もよく知っているだけに、それぞれを比べてみて思うことがあるでしょう。

緊張感のあるブリーフィングを行っていたり、クオリティを高めるためのミーティングを開催していたり、できるスタッフが未熟なスタッフにレクチャーしていたりするのであれば問題ありません。

しかし、理不尽であったり、いきすぎたりする叱責をしており、スタッフの雰囲気が悪いと感じれば、この先を危ぶんでしまうのではないでしょうか。そうなると、質のよい食材を提供したり、関係を深めたりすることに躊躇するかもしれません。

また、関係業者から他の飲食店にスタッフのモチベーションが低下していることが知られてしまえば、スタッフをヘッドハンティングされてしまうこともあるでしょう。

客に及ぼす影響

最後は客に及ぼす影響を考えてみます。

客は飲食店で食事する際に、おいしいものを食べること、お腹を満たすこと、そして、同席者と楽しい時をすごすことが主な目的であると考えてよいでしょう。

客単価が高ければ高いほど、非日常的な使い方であればあるほど、客は飲食店に期待を寄せるものです。そして、その期待には、美食を堪能できるのはもちろんのこと、快適で楽しい時を過ごせることも含まれます。

したがって、友人と和やかに話していたり、恋人とよいムードになっていたり、おいしいメインディッシュに舌鼓を打っていたり、ワインと料理のマリアージュを堪能していたりする時に、鋭い叱責が聞こえてきたら、興醒めしてしまうことでしょう。

店内があまりにもピリピリした雰囲気となっていれば、マナーや所作を必要以上に気遣ってしまい、料理やワインに集中できなくなります。

意識が分散するので、嗅覚や味覚が鈍くなってしまうでしょう。弾んでいた会話もしぼんでしまい、口数が少なくなってくるのではないでしょうか。

そうなれば、当然のことながら、料理やワインの注文も減るので客単価が下がってしまいます。楽しかった思い出を持ち帰ることができなければ、次回の来店も難しいでしょう。

飲食店には、ある種の非日常性が重要です。したがって、食事や会話に適度な緊張感が必要ですが、最終的にはリラックスして食事や会話を楽しめるようにならなければなりません。

飲食店が生み出した不必要な圧迫感によって、緊張からリラックスへのプロセスが妨げられてしまい、客の食味やコミュニケーションから構成される食体験が損なわれてしまうのは、飲食業としては失格であるように思います。

過度の叱責は必要ない

これまでみてきたように、飲食店におけるスタッフへの叱責によいことはありません。確かに飲食店においてスタッフに指導することは必要ですが、過度の叱責は必要ないということです。

通常の感覚をもつ人であれば、おそらく、オマールブルーの濃厚さを味わったり、コルヴェールの滋味を噛みしめたり、ソムリエが勧めるヴィンテージワインの香りをとったりしている時に、スタッフが叱責されている場を見聞きしたくないでしょう。

そういった場面でも、痛みが感じられず、心地よく過ごせる客というのは、飲食店のスタッフに対しても横柄な態度をとるような人であるように思います。

チームで力を合わせる

飲食店の調理やサービスは楽なものではなく、特定のスタッフだけが活躍して目立ってしまっても、特定のスタッフだけが力不足で叱責されていても、よい飲食店を運営できません。

冒頭で紹介した米田氏の金言通り、チームで絆を強めて協力し合うことによって、クオリティの高い料理を作ったり、素晴らしいサービスしたりすることが重要です。

スタッフはただでさえ少ない貴重なリソースであることに、違いはありません。その有限なリソースを適材適所に配置したり、それぞれに活躍の場を与えたり、中長期的な観点で育成したりすることは、とても大切なことではないでしょうか。

スタッフの育成

スタッフをただ厳しく叱責するだけでは、あまり意味がないだけではなく、客に対しても、関係業者に対しても、あまりよいことはありません。

丁稚奉公という時代ではなく、当然のことながらパワハラやセクハラが容認される時流でもなく、各人の実力やコミュニケーション力、および、育成力が試されるのが現代です。

飲食店は、食体験が本来あるべき姿も考えながら、スタッフを育成してもらいたいと思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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