トランプ大統領と安倍晋三首相が夕食会で訪れた炉端焼き店はどこ? その選択肢は成功だったのか?
トランプ大統領が来日
アメリカの大統領ドナルド・ジョン・トランプ大統領とメラニア夫人が、新天皇が即位してから初めてとなる国賓として2019年5月25日に来日しました。
約25000人もの警察官が動員されたり、首都高で大規模な一時的な通行止めが行われたりするなど、異例の厳戒態勢が敷かれており、国を挙げての非常に大きな行事となっています。
羽田空港に大統領専用機で到着するトランプ大統領の姿を捉えようと多くの人が集まったり、東京スカイツリーのライトアップが星条旗をイメージした青、白、赤にライトアップされたりするなど、歓迎ムード一色になっているといってよいでしょう。
トランプ大統領は日本には5月28日まで滞在しており、時事ドットコムニュースに詳しいスケジュールが掲載されています。
パレスホテル東京に宿泊
前回2017年11月の来日時には帝国ホテル 東京に宿泊しましたが、今回宿泊するのは、もう少し北に位置し、お濠すぐ側にあるパレスホテル 東京です。
パレスホテル東京は「フォーブス・トラベルガイド2019」ホテル部門で4年連続5つ星を獲得しました。それに加えて、「2019 Verified List」では「世界で最も素晴らしい客室 (World’s Best Rooms)」を持つホテルとして選出され、日本国内で唯一受賞するなど国内外から高く評価されているホテルです。
また、2019年11月1日にはフランス料理界の巨匠であるアラン・デュカス氏をパートナーに迎えて、新しいフランス料理「エステール」をオープンする予定で、美食でも注目されています。
来日中の行事
話を戻しましょう。
トランプ大統領は日本滞在中に、天皇皇后両陛下との会見や宮中晩餐会、日米首脳会談や護衛艦「かが」の乗艦から茂原カントリー倶楽部でのゴルフ、両国国技館での大相撲夏場所千秋楽の観戦など、多くの行事に参加します。
こうした公式行事だけではなく、非公式の夕食会も開催されており、トランプ夫妻は安倍晋三首相夫妻と共に、前回2017年11月5日は鉄板焼「銀座うかい亭」で、今回5月26日は六本木にある炉端焼き「六本木 田舎家」で親睦を深めました。
トランプ大統領は「六本木 田舎家」を訪れたばかりですが、この「六本木 田舎家」とはどういった店なのでしょうか。
また夕食会として選んだのは正解だったのでしょうか。
六本木 田舎家
「六本木 田舎家」は40年以上の歴史を持つ炉端焼きの老舗であり、六本木に2店舗、ニューヨークに1店舗を構えており、銀座にも「銀座 田舎家」を展開しています。
六本木には東店と西店がありますが、FNN PRIMEを確認すれば、その店構えや周辺地域から、トランプ大統領が訪れたのは2019年5月3日に移転オープンしたばかりの東店であることが分かるでしょう。
「六本木 田舎家」は海外の要人やトム・クルーズ、レオナルド・ディカプリオ、キャメロン・ディアスといったハリウッドスターやデビッド・ベッカムなどのセレブリティに人気があり、多くの富裕層の訪日外国人が訪れています。
一般的に、炉端焼きは客単価がせいぜい5000円くらいのカジュアルな居酒屋といった業態です。しかし、こういった影響力のある方たちに愛されていることもあり、「六本木 田舎家」は客単価が2万円前後となるような、高級店として地位を確立できています。
日本の伝統料理
炉端焼きは日本独自の料理です。その日本独自の料理でトランプ大統領をもてなしたことは大正解であったといえるでしょう。
以下の通り、炉端焼きとは囲炉裏を通して調理する料理の総称です。
スタッフが客の目の前で囲炉裏の炭火で魚介類や野菜を焼いて提供するスタイルとなっています。発祥は第二次大戦後の1950年宮城県仙台市にオープンした「炉ばた」であるといわれており、その後は北海道の釧路で炉端焼きが発展していきました。
また、スタッフではなく、客が自ら調理するスタイルは「セルフ炉端焼き」と呼ばれています。
このような日本独自の料理を、トランプ大統領に体験してもらうことは大きな意味があります。というのも、食文化はその土地の民族性や考え方、培ってきた知恵や技術、伝統や歴史を色濃く反映しているからです。
日本でしか体験できない食を通して日本のことをよく知ってもらい、日本のことに関心をもってもらうことで、日本の農産物や畜産物に対する理解も深まることでしょう。
インフルエンサーの時代が訪れたといわれて久しいですが、トランプ大統領こそがまさにアメリカにおける最強のインフルエンサーではないでしょうか。
トランプ大統領が日本だけにしかない炉端焼きを堪能したことが全世界に発信されれば、日本国内の炉端焼きはもちろん、海外に進出している炉端焼き、もしくは、炉端焼きも提供する日本料理や居酒屋にもよい宣伝となるはずです。
パフォーマンス
日本の食文化で味わえる料理の醍醐味として、客の目の前で調理する料理があります。
寿司、鉄板焼、天ぷらといった業態は、熟練の技術を用いて目の前で握ったり、焼いたり、揚げたりすることによって、そのダイナミックな臨場感と出来たてのおいしさで客を魅了するのです。
そういった意味では、黒毛和牛を塊のままから焼き上げてカービングするところまでを見せる前回の「銀座うかい亭」での鉄板焼は、トランプ大統領に深い印象を与えたことと思います。
今回の炉端焼きも鉄板焼きと同様に、調理パフォーマンスを堪能できる業態のひとつです。日本特有の囲炉裏でスタッフが魚介類や野菜、肉を焼いている様子を直に眺められるのは、外国人にとっては新鮮な光景でしょう。
囲炉裏はもともと部屋の中に設けられており、調理や暖房のために使用される炉です。ほぼ仕切りのないダイニングスペースで調理されることになるので、圧倒的な臨場感を体験できます。
フランス料理は18世紀までアンフィトリヨン(ホスト)による取り分けが権威を象徴していましたが、現代ではフランベやローストビーフを除いて、基本的にキッチンで調理して完璧な一皿を生み出し、そこからサービススタッフがテーブルに提供するという流れです。
中国料理では目の前で北京ダックを巻いたり、飴でバナナを包み込んだりすることもありますが、実演が中心ではありません。普通は強力な火力によってさっと作り上げた後に、熱を失わないようにと、キッチンからダイニングへとすぐに運んでいます。
こういったことを鑑みれば、フュージョン料理やイノベーティブを除いて、客の前で調理するパフォーマンスを伴う高級業態は、日本の食文化における特筆するべき点であるといってもよいでしょう。
トランプ大統領がこの日本独特の囲炉裏でのパフォーマンスを堪能することによって、日本の伝統料理が素晴らしい食体験であったと記憶されたのではないかと思います。
魚介から野菜、肉まで
日本料理では基本的に魚介類や野菜が中心に用いられており、炉端焼きも同様です。
「六本木 田舎家」ではシシャモ、サザエ、タラバ蟹や車海老、キンキやノドグロといった高級魚などの魚介類、ジャガイモ、シメジやエリンギ、アスパラガス、ピーマン、ペコロスといった野菜の炉端焼きがあります。
トランプ大統領は無類の肉好きとして知られており、他の大統領と違って寿司が選ばれなかったことからも、魚介類は好きでないないかもしれませんが、ジャガイモやペコロスといった野菜はアメリカでもポピュラーなので食べられたのではないでしょうか。
こういった魚介類や野菜の他にも、鶏肉や自家製つくね、牛肉も炉端焼きで提供されています。特に今回は、肉が大好きなトランプ大統領に合わせて黒毛和牛のロースでもてなされたということなので、炭火焼きの燻香によって複雑になった和牛香や、中までしっとりと火が通ったテクスチャを感じられ、黒毛和牛の素晴らしさを十二分に堪能できたことと思います。
黒毛和牛を含む和牛の輸出量が年々増えており、単価も上がっていますが、トランプ大統領が和牛を食すことによって、全世界に和牛の価値が改めて示されることは、日本の畜産業にとってプラスではないでしょうか。
セキュリティ
トランプ大統領が来日するにあたって厳戒態勢が敷かれていますが、これはもちろん、国賓であるトランプ大統領の身にもしも何かあったら一大事だからです。
ホテルや一部のファインダイニングおよび隠れ家店とは違って、「田舎家 東店」にはVIP客専用の裏動線がありませんし、駐車場も用意されていません。店内は40席にも満たずに狭く、雑居ビルに入居しており、目の前もいかにも六本木の路地裏といった環境です。
したがって、六本木交差点周辺や外苑東通りも完全に交通規制されていましたが、警備も難しかったのではないでしょうか。
前回の非公式夕食会で訪れた「銀座うかい亭」もVIP客専用の裏動線や駐車場がありませんが、鉄板焼としてはほぼ最大級の94席を擁しており、エントランスが面しているみゆき通りは比較的ゆとりがあります。
結果的に何も問題が起きなかったのでよかったですが、裏動線や駐車場が用意されておらず、混沌とした環境にある飲食店に訪れるのは、リスクがあったのではないでしょうか。
トランプ大統領と安倍首相の関係は良好
トランプ大統領はいかなるドラッグを使用したことがないのはもちろんのこと、タバコを吸ったことも、コーヒーを飲んだことも、そして、アルコールを摂取したこともないと発言しています。
大統領就任してからの2年あまりで、安倍首相と首脳会談10回、電話会談30回を行ったり、ゴルフ場での楽しそうなツーショット画像をTwitterに投稿したりするなど、引き続き両者の関係性は良好のようです。
2人ともお酒を飲まないことも共通しており、「六本木 田舎家」での夕食会も和やかに楽しく過ごせたように思えます。
食を通して信頼関係の構築
食事はその人の本性や育ちが現れ、嗜好や考え方がみてとれるものです。したがって、一緒に食事するという行為は本来、タフな商談を行うためのものではなく、同じ料理を食べることによって自身の人間性をさらけだし、人間関係を築くためのものです。
好き嫌いや偏食、個人的な嗜好および宗教観による食の趣味はここでは置いておくとして、食事の場では相手が好みとする料理や食材を把握し、サービスや雰囲気を含めた空間の嗜好を配慮することは、非常に重要になります。
非公式であるとはいえども、いえ、非公式であるからこそ、この夕食会の場でトランプ夫妻が炉端焼きを気に入り、日本の食文化に対して敬意を抱いてもらえたとしたら、それこそ農産物や畜産物、ファストフードからガストロノミーまで、日本の食がアメリカで有利に展開する非常に有益なひとときとなるのではないでしょうか。