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オーナー夫婦が51年運営した喫茶店が閉店。美談や感動話への違和感の理由

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

老舗の喫茶店の閉店

<阿佐ヶ谷で半世紀続いた喫茶店が閉店 夫婦の新たな夢「美しい日本を見て回りたい」が感動呼ぶ>という記事で、51年にわたってオーナー夫婦が運営していた喫茶店が閉店したことが、取り上げられていました。

記事を読んだ方の反応は、オーナー夫婦の紆余曲折の人生とレトロな喫茶店の貴重性とが相まって、閉店を残念がる声や感動したりする反応が大半であり、以下のようなコメントが寄せられています。

  • お仕事が楽しくてやめられない、休むのがもったいない。なんて羨ましい。素敵なご夫婦ですね、憧れてしまいます。お疲れさまでした。
  • いい話。
  • 本来、文明人が働くって、こういうことなんでしょうね。定年まで指折り数える社畜サラリーマンの私とはえらい違いです
  • 他人のために働けるかどうかの違いでしょうね

喫茶店が51年続いたのは素晴らしいことですし、オーナー夫婦の努力や考え方は非常に素晴らしいと思います。ただ、寄せられたコメントに対して少し違和感があります。

理由は、以下のような飲食店ならではの裏事情を考えると、完全にポジティブに捉えられないからです。

  • 日銭が必要
  • 薄利多売の苦労
  • 廃業の恐怖

これらについて詳しく説明しましょう。

日銭が必要

飲食店は基本的にその日の客が支払うお金によって経営が成り立っています。企業同士の契約のような年単位での契約や最近流行している月額制=サブスクリプションを除いては、日銭を稼いでいくしかありません。

企業に勤める会社員のように、休んでも給料が支払われる有給休暇は存在せず、飲食店をオープンしなければ1円もお金が入らないのです。オーナー夫婦が経営している飲食店で、アルバイトを雇っていなければ、基本的に人件費は発生しないに等しいので、1日でも多く1時間でも多くオープンして、日銭を稼ぐものです。

このオーナー夫婦は確かに喫茶店が生き甲斐につながったと思いますが、日銭を稼ぐという苦労があることは確かでしょう。「休むのがもったいないと思えるなんて羨ましい」と単純に受け取ってしまうのは、飲食店を経営する大変さを分かっていなくて違和感を覚えてしまいます。

薄利多売

飲食店は基本的には薄利多売の業態であり、利益は売上の10%もあればよい方です。従って、1週間のうち3日から4日働けば十分な利益を確保できるということはなく、せいぜい週に1日だけ休みがとれる程度です。飲食店は、とにかく売って売って売らなければ、薄利多売の中から利益を積み上げることができません。

生計を立てていくという観点において、飲食店を経営する大きな利点としては、食べ物や飲み物はふんだんにあるので食事の融通が効くことです。しかし、最低限の生活はできたとしても、やはり現金は必要なので店をオープンし続けていく必要があります。

オーナー夫婦は客との絆が深く、客を大切にしていたと思いますが、無償で働いているボランティアではありません。利益を上げて飲食店を運営していくのに必死なので、楽観的に「他人のために働ける」と形容するのも少し違うような気がするのです。

廃業の恐怖

新規オープンした飲食店は5年も経つと1割しか残らないといわれているほど、飲食店は著しく開業と廃業の回転が激しい業界です。飲食店を経営するオーナーの立場からすれば、飲食店が生き残っていく厳しさはよく知っていることでしょう。

この先もずっと経営して生活を続けていくためには、何十分の1以上の確率を突破していかなければならないとなると、来年の今頃はどうなっているのかと予想もつかず、将来的な不安は常につきまとうものです。

客に忘れられず、いつも来てもらうことを考えると、そう軽々と休めません。もしも客が訪れた時に店がクローズしていて、残念な体験をさせてしまうと、もう二度と来てもらえなくなるのではと恐れる飲食店オーナーは多いです。

常に廃業の恐怖がつきまとっている中で経営していることを考えると、客のために店を開けていなければと述べるオーナーに対して「文明人の働き方」「憧れる」と感想を述べるのは、飲食店を経営するプレッシャーを全く想像できていないと思ってしまいます。

感動話への危惧

よいところだけをかいつまんで「いい話」とし、感動話へと導けば、よい記事に仕上がることは確かでしょう。

<「SNSによるSOS発信からの感動話」に潜む3つの問題>で、ドタキャンやノーショー(無断キャンセル)があった時に、TwitterやFacebookなどのSNSで助けを求めたら、親切な客が訪れてくれたので、事なきを得た話を美談にする記事は危険であると述べました。

理由は、美談にすることによって、本来の課題が忘れ去られ、問題が矮小化されることを危惧しているからです。

今回の話も「いい話」とだけ認識されてしまうと、<マツコ・デラックス氏がカフェで注文しない客を「もう終わりだこの国」と批判したことは正しいか?>でも指摘したように、飲食店のコストを想像できず、苦労も知らない人が増えて、注文せずに平気で居座る客が現れるようになるのではないでしょうか。

飲食店を経営するには、客に奉仕することが楽しいと思えたり、喜んでもらえることが喜びと感じたりすることは極めて重要です。しかし、拘束時間も長く、利益率も低い業態であり、常に安定せず、明日をも分からぬ業態なのです。

オーナー夫婦は喫茶店を経営している間は一時の休息も享受できなかったからこそ、ようやく羽根を休めて、自分たちのためだけに時間を使うことに安堵しているのではないでしょうか。

飲食店に対する楽観的な羨望や想像不足の羨望は、苦労を鑑みず、配慮もできない客を増やすことにつながるだけです。この誤った美談や羨望が改められることを期待しています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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