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「嬉野茶時」「パリで活躍する日本人シェフ」「こぶ黒」。日本の食文化を育む3ホテルのフェア

東龍グルメジャーナリスト
嬉野茶時のティーセレモニー/著者撮影

季節性を問わないフェア

ホテルの料飲施設(レストランやラウンジ、バー)では季節に合わせたフェアが行われています。この前も<一流ホテルの星付きフレンチで知る、今だけの高級食材「黒トリュフ」>という記事で、旬の高級食材である黒トリュフが、ホテルのフェアでどのように扱われているかについて紹介しました。

季節に合わせたフェアは、今が旬、今しか食べられないということで、大変興味深いものがあります。ただ、季節性があるのはよいですが、季節にとらわれない素晴らしいフェアもたくさんあるのです。

特に、日本の食文化を広めたり、日本の食の地位向上に寄与したりするフェアは多くの日本人に知ってもらいたいと考えています。

中でも注目したい日本の食を育むホテルのフェアはこちらです。

  • 嬉野茶時/ANAインターコンチネンタルホテル東京
  • 世界で活躍する日本人シェフ/ホテルニューオータニ
  • こぶ黒/ザ・キャピトルホテル 東急

嬉野茶時/ANAインターコンチネンタルホテル東京

ANA インターコンチネンタルホテル東京の日本料理「雲海」では2018年2月16日ディナータイムと17日ランチタイムに、「嬉野茶時 in 雲海」特別賞味会を開催しました。この時に提供された特別メニューは3月15日まで提供されています。

「嬉野茶時」は、500年以上の歴史を誇る銘茶地、佐賀県嬉野でティーセレモニーを行う茶葉生産者たちによって主催されているプロジェクトの名前です。

うれしの茶

嬉野氷出し茶@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影
嬉野氷出し茶@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影

「嬉野茶時」で提供される「うれしの茶(嬉野茶)」は佐賀県南西部の嬉野市から長崎県東彼杵町にかけて生産されている日本茶ブランドです。

佐賀県または長崎県で生産された原料茶を100%使用した日本茶が「うれしの茶」と定められており、50%以上100%未満を使用した日本茶は「うれしの茶ブレンド)」と定められています。

主産地である嬉野町は、この「うれしの茶」だけではなく、「日本三大美肌の湯」のひとつである嬉野温泉、さらには有田焼や伊万里焼、唐津焼、嬉野で歴史を刻んだ吉田焼など、陶磁器でも非常に有名な地域です。

「うれしの茶」は、毎年実施されている「全国茶品評会」の蒸し製玉緑茶の部門において、5年連続で日本一となる「農林水産大臣賞」を受賞し、高品質な茶の生産地に贈られる「産地賞」も獲得しました。

高品質な銘茶の生産者であるからこそ、日本茶離れを危惧し、日本茶の素晴らしさを改めて知ってもらうために「嬉野茶時」を立ち上げたのです。

嬉野茶時 in 雲海

焙烙の器に季節の一口いろいろ、佐賀牛茶香、和多屋別荘嬉野温泉豆腐徳利蒸しと芽吹き野菜@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影
焙烙の器に季節の一口いろいろ、佐賀牛茶香、和多屋別荘嬉野温泉豆腐徳利蒸しと芽吹き野菜@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影

昼の部「特別御膳」

  • 嬉野氷出し茶
  • 焙烙の器に季節の一口いろいろ
  • 佐賀牛茶香
  • 和多屋別荘嬉野温泉豆腐徳利蒸しと芽吹き野菜
  • ふぐ 極上の嬉野茶漬け
  • 嬉野濃厚挽茶の水菓子

※嬉野の食後茶が付く

昼の部では、「雲海」料理長である吉安健氏が嬉野にちなんだ食材を使って作り上げた食事と、うれしの茶を楽しめるようになっています。食前茶と食後茶に加えて、有料となりますが、自由にお替わりできる食中茶も用意されています。

夜の部「特別会席コース」

  • 雨水(食前茶) 嬉野氷出し茶
  • 息吹(先付) 春待ち野菜と津合蟹の浸し
  • 春霞(御椀) 薄氷椀 とらふぐの摺り流し
  • 東風(造り) 本鮪 とらふぐ 煽り烏賊 他二種
  • 茶時(八寸) 焙烙の器に季節の一口いろいろ
  • 春寒(煮物) 揚げ海老芋と雲丹 蕪餡掛け
  • 嬉野(焼物) 尼鯛と雲海自家製唐墨
  • 嬉野極上ぶれんど出汁茶
  • 名物(進肴) 和多屋別荘嬉野温泉豆腐
  • 伝統(食事) 佐賀牛炭火焼きの小丼
  • 夢(水菓子) 嬉野濃厚挽茶の水菓子

※嬉野の食後茶が付く

夜のコースも昼のコースと同様に、食前茶、食後茶が付いており、有料の食中茶もあります。嬉野にちなんだ食材を使った昼のコースに加えて「雲海」の珠玉の料理も体験できるので、とても魅力的な内容に仕上がっています。

食前茶、食中茶、食後茶は次の通りです。

食前茶

  • 氷出し 浅蒸し煎茶 永尾豊裕園 永尾裕也氏 作

食中茶(温茶)

  • 煎茶 永尾豊裕園 永尾裕也氏 作

優良品種 奥ゆたかを使用し、深い味わいと甘味が特徴です。

  • 紅茶 きたの農園 北野秀一氏 作

日本の品種で作った紅茶はえぐみが少なくストレートで楽しめます。

  • 玄米茶 副島園 松田二郎氏 作

無農薬で栽培した棚田米を自家焙煎した玄米を使用しています。

  • 釜炒り茶 池田農園 池田泰明氏 作

嬉野茶のルーツでもある釜炒り茶、香ばしい釜香(かまか)が特徴です。

  • 烏龍茶 副島園 副島仁氏 作

希少な国産烏龍茶、花のような爽やかな香りが特徴です。

食中茶(冷茶)

  • 柚緑茶 井上製茶園 井上憲治氏 作

嬉野産の柚を煎茶とブレンドしました。香料は使用していません。

  • 青ほうじ茶 田中製茶工場 田中宏氏 作

特上煎茶を強火で焙煎しました。緑茶とほうじ茶の両方の香りが楽しめます。

食後茶

  • 嬉野茶寮濃煎茶

七名の生産者が自慢のお茶を持ち寄り作りました。

冷茶がリーデルのワイングラスに注がれたり、温茶が備前吉田焼で提供されたりと、テーブルウェアにもこだわっています。食後茶の「嬉野茶時」は、7人の生産者が持ち寄った茶葉をブレンドしたお茶で、とても粋なアイデアです。

モダンなパフォーマンス

ティーセレモニー@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影
ティーセレモニー@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影

「嬉野茶時 in 雲海」では、どのような日本茶や料理が提供されたのでしょうか。

お茶も料理もどれも素晴らしいですが、何と言っても注目したいのは「嬉野茶時」が行う、モダンな日本茶のデモンストレーションです。

最適な湯温や抽出時間などの工程にこだわりながらも、ダイナミックかつ無駄のない所作によって、日本茶が淹れられます。

日本茶を味も見た目も楽しめるエンターテインメントに仕上げており、日本茶の新しい可能性を感じさせていました。

開催の背景

ふぐ 極上の嬉野茶漬け@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影
ふぐ 極上の嬉野茶漬け@ANAインターコンチネンタルホテル東京/著者撮影

どのようにして、「嬉野茶時」はANAインターコンチネンタルホテル東京とコラボレーションすることになったのでしょうか。

きっかっけは、吉安氏が九州にいる知人から「嬉野茶時」の噂を聞いたことでした。吉安氏は「現地まで赴き、生産地を回り、日本茶について学んだりし、改めて日本茶の素晴らしさを知った」と述べ、半年くらい前に企画が持ち上がったと言います。

「嬉野茶時」を主宰する嬉野の老舗旅館「和多屋別荘」代表取締役の小原嘉元氏は「2016年の夏から活動を開始した。和食に日本茶をペアリングしたり、フランス料理に合わせたり、ティータイムにお菓子と共にいただいたりと、様々なシーンをご提案している」と日本茶の新しい楽しみ方について語ります。

また小原氏が「上皿天秤などデモンストレーションで使われている道具は全て当旅館の大工が手作りした」と説明するように、ひとつひとつの道具にまで心が込められています。

ますます期待

ANAインターコンチネンタルホテル東京では、「雲海」だけではなく、メインロビー中央に位置する「アトリウムラウンジ」でも同じティーセレモニーを行う「嬉野ティーセット」を提供したり、ホテルブティック「ピエール・ガニェール パン・エ・ガトー」で特別ブレンドの嬉野茶を淹れ立てで販売したりするなど、嬉野茶時とのコラボレーションに大きな力を入れています。

「嬉野茶時」はこの後も多くのイベントが予定されていますが、嬉野から外に出て最初に行われた「嬉野茶時 in 雲海」が耳目を集めたことによって、これからますます注目されることは必至でしょう。

2014年に122トン生産された紅茶に比べれば、2016年に80200トンも生産され、79710トンも消費された日本茶は、日本人にとって最も大切である飲み物に間違いがないだけに、その日本茶をモダンに新しく革新する「嬉野茶時」を今後も応援したいです。

世界で活躍する日本人シェフ/ホテルニューオータニ

ホテルニューオータニ「ベッラ・ヴィスタ」で「世界で活躍する日本人シェフフェア 第5弾」となる「THE GASTRONOMY」が2018年2月23日から25日にかけて行われました。

パリでは多くの有名レストランで日本人がスーシェフを務めており、日本人の料理人が高い評価を得ていますが、このフェアではパリに在住する3人の若手実力派シェフがひとつのコースを作り上げており、とてもわくわくさせられるようなフェアとなっています。

「世界で活躍する日本人シェフフェア」の歴史

これで第5弾を迎えますが、「世界で活躍する日本人シェフフェア」は以下のような歴史を歩んできました。

  • 第1弾 2015年5月「PASSAGE 53」
  • 第2弾 2016年8月「RISTORANTE TOKUYOSHI」
  • 第3弾 2017年3月「PASSAGE 53」
  • 第4弾 2017年8月「RISTORANTE TOKUYOSHI」
  • 第5弾 2018年2月「THE GASTRONOMY」

今回はこれまでとは異なり、若手であること、しかも、3人の共演であるということで、新しい方向性を見出しています。

3シェフ

では、3店舗のシェフとはどういった若手料理人なのでしょうか。ホテルニューオータニから提供された資料から引用します。

守江慶智(もりえよしのり)氏

1980年愛媛県生まれ。「コートドール」「アラジン」などを経て渡仏。27歳よりパリの「Le petit verdot」「Encore」「L`Auberge de 15」のシェフとして活躍する。技法はあくまでフランス料理だが、酸味・甘味・苦味・うま味などの味や食感のバランスを計算した味の組み立てで独特の繊細さを表現。”将来有望な若手日本人シェフによるたぐいまれな料理“として、パリの料理評論家やビストロ好きのローカルのファンまで高い支持を得て話題を呼ぶ。2017年10月に、満を持して自身の名前を冠したレストラン「Yoshinori」をパリ6区にオープンした。

守江氏は「コートドール」「アラジン」といった日本のフランス料理の歴史に名を残すクラシックなフランス料理店で修行した後に、パリのモダンなフランス料理店で働きました。昨年に自身のレストランをオープンしたばかりで、勢いにのっている料理人です。

北村啓太(きたむら けいた)氏

1980年滋賀県生まれ。「ラ・ナプール」「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」を経て渡仏。「レ・ザンジュ」「ピエール・ガニェール」などの名店を経て、エッフェル塔を間近に臨む「オーボン アクイユ」のシェフに就任。「オーボン アクイユ」は前シェフ時代に評判を落とし客足が遠のいてしまった状態であったが、徐々に自身のクリエーションを取り入れ、より自然で素材重視の料理を提供。その結果少しずつ「北村の料理」が受け入れられていき、連日パリのグルマンたちで賑わいを見せるまでになった。2017年6月、新規オープンした「ERH」(パリ2区)のシェフに就任。オープン直後からフランスの数々のメディアに取り上げられ注目を得ている。

北村氏は世界でも注目されているフランス料理人である成澤由浩氏のもとで修行しました。自然で食材を大切にする考えを持ち、野菜をたくさん使うことでも知られています。昨年、新しくオープンしたレストランのシェフに就任し、早速注目されています。

渥美創太(あつみ そうた)氏

1986年千葉県生まれ。19歳で渡仏後は、「メゾン・トロワグロ」「ステラ・マリス」「ラボラトワール・ドゥ・ジョエル・ロブション」などを経て、26歳で「ヴィヴァン・ターブル」のシェフに就任。その後、パリ11区の大人気店「クラウンバー」のシェフに抜擢された。一世紀以上前からある老舗「クラウンバー」は、内装は当時の雰囲気そのままに、2014年5月にリニューアルオープン。オープン後は、瞬く間にパリの地元住民からも支持される、超人気店となり、特に夜は予約困難なほどに。2015年にはレストランガイド「ル・フーディング」で最優秀ビストロ賞に輝き、パリはもちろん、世界でも引っ張りだこの、現在最も人気のあるシェフの1人。

渥美氏はパリにいる若手料理人の中でも、特に有名な1人であると言えるでしょう。名だたる名店で修行した後に「ヴィヴァン・ターブル」でシェフとなりました。「クラウンバー」のシェフに就任してからは多くのメディアでも紹介され、日本でも多くの食通が知るパリの料理人となっています。

コース

この実力ある次世代の3シェフによるフェアでは、どういった料理が提供されていたのでしょうか。

ランチコース

  • 関アジ ベルガモット(守江氏)
  • 菊芋 雲丹(渥美氏)
  • フォアグラ 葉野菜(北村氏)
  • ホウボウ イカ墨 卵黄(北村氏)
  • グラニテ
  • 野鴨 キャベツ 木の芽(渥美氏)
  • 苺 ビーツ オリーブオイル(渥美氏)
  • ココナッツ パイナップル ポワブルティム(守江氏)

ディナーコース

  • 関アジ ベルガモット(守江氏)
  • 菊芋 雲丹(渥美氏)
  • ホウボウ イカ墨 卵黄(北村氏)
  • 白子 黒トリュフ ホワイトアスパラガス(守江氏)
  • オマール キャベツ 木の芽(渥美氏)
  • グラニテ
  • 蝦夷鹿 かぼちゃ 金柑(北村氏)
  • 苺 ビーツ オリーブオイル(渥美氏)
  • ココナッツ パイナップル ポワブルティム(守江氏)

ランチ、ディナー共に3人の料理がちょうどバランスよく織り交ぜられています。ディナーコースでは3シェフの前菜とメインを食べられるので、特に価値が高いのではないでしょうか。デザートは北村氏と渥美氏が担当しています。グラニテと小菓子はホテルニューオータニのメニューです。

追加料金で、以下のスペシャルアミューズをオーダーすることもできます。

3シェフのアミューズ

  • Amuse1(マカロン3種)

ソレル トリュフ(守江氏)

生ハム ハシバミ 山葵(北村氏)

リコッタ(渥美氏)

  • Amuse2

玉葱(渥美氏)

蛤 蕪 柚子(北村氏)

メルタンシア ブリー(守江氏)

3シェフのアミューズがマカロンとスープで提供され、食べ比べできるので非常に興味深いです。

ペアリングも2種類あり、世界で活躍する日本人醸造家のワイン6杯と王道であるフランスのワイン6杯を選べるようになっています。

アミューズ

3シェフのアミューズ'@ホテルニューオータニ/著者撮影
3シェフのアミューズ'@ホテルニューオータニ/著者撮影

では、それぞれの料理で特筆するべきものを挙げましょう。

アミューズのマカロンは箱の中に美しく並べられており、そのまますぐにマカロンのアソートとして販売できるような作りに仕上げられています。

「ソレル トリュフ」(守江氏)は、酸味のある春の野草であるソレル(酸葉)と旬のトリュフを組み合わせたマカロン。酸味と苦味が印象的で、バランス感ある守江氏らしい一品です。

「生ハム ハシバミ 山葵」(北村氏)は、生ハムとヘーゼルナッツを使った洋風のセイボリー風ですが、ワサビのピリリとした辛味の意外性があります。それぞれの素材が自然に主張しているのが北村氏らしいでしょう。

「リコッタ」(渥美氏)はリコッタチーズに燻した香りをのせて、力強いマカロンに仕上げました。シャンパーニュともよく合います。勢いのある若手料理人らしく最初からインパクトを残します。

前菜

関アジ ベルガモット(守江氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
関アジ ベルガモット(守江氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「関アジ ベルガモット」(守江氏)は守江氏のスペシャリテ。メニューには関サバと記載されていましたが、よいアジが入ったということで変更されました。周りに米粉を散らして雪に見立てており、食べ終わる頃には緑色の有田焼が顔を覗かせます。冬から春への移ろいを表現した、詩人とも称される守江氏の前菜です。

菊芋 雲丹(渥美氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
菊芋 雲丹(渥美氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「菊芋 雲丹」(渥美シェフ)はクロワッサンのホットサンドのような見た目をしています。菊芋の中身を蒸してコンテチーズとクリームを合わせ、それをフリットしてパリッとさせた菊芋の皮でサンド。新感覚のスナックのような一品です。

ホウボウ イカ墨 卵黄(北村氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
ホウボウ イカ墨 卵黄(北村氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「ホウボウ イカ墨 卵黄」(北村シェフ)はフィルムで包んだホウボウのブイヤベース。イカ墨によって色は真っ黒になっていますが、味は凝縮されていながらも澄んでいます。コゴミなど日本の山菜もたっぷり使われていますが、ブイヤベースに合っていました。卵黄が添えられており、途中で加えて味を変えられるように配慮されています。

メイン

白子 黒トリュフ ホワイトアスパラガス(守江氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
白子 黒トリュフ ホワイトアスパラガス(守江氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「白子 黒トリュフ ホワイトアスパラガス」(守江シェフ)は白子のムニエル、ホタテ、フォアグラをパイ包みにして、ホワイトアスパラガスも添えています。この時期は、白子、黒トリュフ、ホワイトアスパラガスが出会える僅かな貴重な期間ということで考案された料理です。

オマール キャベツ 木の芽(渥美氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
オマール キャベツ 木の芽(渥美氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「オマール キャベツ 木の芽」(渥美シェフ)は、オマール海老をコニャックでフランベして玉葱のパウダーを散らしています。殻の下にはキャベツ、セロリラブのピューレとコンソメ、木の芽。塩は加えず、素材が持つ塩味だけで作り上げているところは、食材のポテンシャルを引き出す渥美氏らしいところです。

蝦夷鹿 かぼちゃ 金柑(北村氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影
蝦夷鹿 かぼちゃ 金柑(北村氏)@ホテルニューオータニ/著者撮影

「蝦夷鹿 かぼちゃ 金柑」(北村氏)は北村氏が「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」時代に学んだ一品。フォンドヴォーがタリアテーレと合うことが分かっていた北村氏が、少し解釈を変えてラビオリで実践し、蝦夷鹿と相性のよいリンゴを包み込みました。

フェアが開催された背景

実力ある若手3人のフェアはどのようにして実現したのでしょうか。

ホテルニューオータニでマーケティング課長を務める岩崎州彦氏は「このシリーズが軌道にのってきたこともあり、『PASSAGE 53』の佐藤伸一氏や『RISTORANTE TOKUYOSHI』の徳吉洋二氏だけに頼っていてはいけないと考え始めていた」と述べます。

第4弾まではこの2人のうちのどちらかとフェアを行ってきましたが「世界で活躍する日本人シェフフェア」で新しい方向性を見出そうとしたということでしょう。

今回の経緯を岩崎氏は「パリで評判のよい日本人シェフをリストアップし、佐藤氏にも相談した。実際にパリにも訪れて、4日間で8店舗を回った」と述べ、最終的に3シェフによる夢の共演が決まったということです。

3人もの個性溢れる料理人が共演するだけに、調整に苦労はなかったかと訊くと、「私がコースの大枠を提案させていただいたが、最終的には3シェフが話し合って決めた。新しい試みなので少し不安もあったが、いつもと同じ以上にたくさんの予約をいただけた」と説明します。当日は、通常客もたくさん見掛けられましたが、飲食業界に携わる人々も多く見掛けられ、注目の高さが窺えました。

今回のフェアについて岩崎氏は「3シェフの予定が奇跡的にあったので、本当に運がよかった。同じフェアを開催することはもう2度とできないのではないか」と感慨深く話します。

ホテルニューオータニの「世界で活躍する日本人シェフフェア」では、他で行われているフェアのようにシェフ1人だけが訪れることはありません。チーム全員で訪れてオリジナルと同じ料理をきっちりと提供することが大きな特徴であるだけに、引っ張りだこの3シェフのチーム全員が訪れるのは簡単なことではないでしょう。

海外シェフの登竜門へ

守江氏、北村氏、渥美氏に、フェアを開催するにあたって大変だったことや苦労したことを訊くと3人共に「大変なことは特になかった。よいものを日本で提供することができて、お客様にも盛り上がっていただけた。機会があれば、是非ともまた開催したい」と答えます。

「世界で活躍する日本人シェフフェア」は、次回の第6弾は来年2月くらいを予定しており、初めて登場する日本人シェフ1人よるイベントになることが内定しています。

ミシュランガイドで星を獲得している日本人シェフではなく、頭角を現し始めた若手シェフ3人による共演は、「世界で活躍する日本人シェフフェア」の新しい方向性を示したはずであり、今後は、海外で活躍していながらも、日本でフェアを開催して日本人にも知ってもらいたいというシェフたちからのオファーがたくさん届くのではないかと私は楽しみにしています。

こぶ黒/ザ・キャピトルホテル 東急

ザ・キャピトルホテル 東急の日本料理「水簾」では、2018年3月から4月にかけて「水廉 こぶ黒コース」が提供されています。

和牛は日本が世界に誇るブランドです。その和牛の中では、黒毛和牛(黒毛和種)が95%を占めており、日本全国に様々なブランドがあります。

和牛ブランドを挙げていくと、三大和牛の「神戸ビーフ」「松阪牛」「近江牛」(「前沢牛」や「米沢牛」が挙げられることもよくあります)、さらには最も呼称基準が厳しい「仙台牛」、海外でも人気の「飛騨牛」、近年の品評会で評価の高い「宮崎牛」や「鹿児島黒牛」など、枚挙に暇がありません。

和牛ブランドはたくさんありますが、中でも最近特に注目したいのが「水簾」で提供されている「こぶ黒」です。

「こぶ黒」の特徴

こぶ黒のサーロインとフィレ@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影
こぶ黒のサーロインとフィレ@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影

「こぶ黒」は「松坂牛」や「近江牛」と同じく、サシの入った黒毛和牛ですが、大きな特徴が2つあります。

1つ目の特徴は、北海道の日高特産の昆布ともち米粉を混ぜた飼料を食べて育っていることです。「松阪牛」がビールを飲んでいたり、「オリーブ牛」がオリーブを食べていたりするのはよく知られていますが、「こぶ黒」のように昆布を食べている牛は非常に珍しいでしょう。昆布(こぶ)と黒毛(くろ)を合わせて名前が付けられたことからしても、「こぶ黒」にとって昆布がいかに重要であるかが分かります。ミネラルや天然の栄養分がたっぷりと含まれた、品質のよい日高昆布を食したこぶ黒は、赤身肉に磯の香りが感じられると言われているほどです。

2つ目の特徴は、「こぶ黒」の生産者である「まつもと牧場」が繁殖から肥育までを一貫して行っていることです。

<日本初の子牛ブランド八重山郷里牛は和牛の値段高騰を解決できるのか?>でも紹介したように、和牛の飼育は通常、繁殖と肥育に分かれています。それぞれが分業化して専門性を高められるのはよいことですが、一貫した育成方針を通せなかったり、繁殖農家が減少して値段が高騰したりすることがマイナス要因です。

「まつもと牧場」では2009年からこぶ黒の生産を始めましたが、当時から、その牛に最も相応しい飼育方法を30ヶ月間行っています。牛は生まれてから出荷されるまでの間、あまりストレスを感じない環境で育てられるので、肉質が安定するのです。

こぶ黒コース

蝦夷鮑の鉄板焼肝バターソース 北海道産ウニの炙りを添えて@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影
蝦夷鮑の鉄板焼肝バターソース 北海道産ウニの炙りを添えて@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影

話を戻しましょう。このような特徴を持った「こぶ黒」のコースはどのようになっているのでしょうか。

鉄板焼 水簾 こぶ黒コース

  • アミューズ
  • 大アサリのクラムチャウダー
  • 蝦夷鮑の鉄板焼肝バターソース 北海道産ウニの炙りを添えて
  • こぶ黒リブロースの薄焼き アスパラガスと九条ネギを巻いて
  • 焼き野菜
  • こぶ黒サーロイン140g または こぶ黒フィレ100g
  • ガーリックライス または 梅の香ピラフ
  • 赤だし
  • 香のもの
  • バニラアイスとフルーツのフランベ または フルーツ盛り合わせ または クレームブリュレ
  • コーヒー
  • 小菓子

「こぶ黒」はメインだけではなく、前菜でリブロースの薄焼きとしても提供されています。厚みのあるステーキだけではなく、薄焼きでもこぶ黒を楽しめるのは嬉しいことでしょう。クラムチャウダーといった創作風スープや定番の蝦夷鮑など、鉄板焼の魅力を堪能できる構成となっています。

それぞれのメニュー

それぞれのメニューの特徴は何でしょうか。

「蝦夷鮑の鉄板焼肝バターソース 北海道産ウニの炙りを添えて」は大きな蝦夷鮑を丸ごと使い、最後にウニを載せてバナーで香ばしく焼き色を付けています。肝をふんだんに使ったソースは日本ならではの味です。

焼き野菜のプレゼンテーション@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影
焼き野菜のプレゼンテーション@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影

「焼野菜」は、調理する前にバスケットに入れた野菜を見せてから焼いてくれます。伊豆今井浜 東急ホテルで行われているプレゼンテーションを導入しました。コンディメントにはタマネギとカレーの香辛料を使ったオリジナルのソース「ディアブル」が提供されていますが、これも伊豆今井浜 東急ホテルで考案されたものです。食でも評判の高い伊豆今井浜 東急ホテルとつながりがあるのは、同じく東急ホテルグループならではの強みでしょう。

メインの「こぶ黒」は、昆布によって赤身肉のコクが増しており、もち米粉によって脂の融点が下がっているので甘味がより感じられます。フランベの方法は、肉のすぐ近くにアルコールをかけるのではなく、何も置いていない鉄板にアルコールをかけて炎を上げ、それを肉に移して香りを付けるスタイルです。他では見られない手法で、躍動感に溢れています。

最後のデザートも鉄板で仕上げており、バニラアイスとフルーツのフランベは小鍋でベリーのソースを作り上げます。

日本の食文化を象徴

バニラアイスとフルーツのフランベ@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影
バニラアイスとフルーツのフランベ@ザ・キャピトルホテル 東急/著者撮影

「こぶ黒」が「水簾」で提供されるようになったきっかけは何でしょうか。

「水簾」鉄板焼シェフの庄子俊也氏は「既知の業者から磯の味がする牛肉があるという話を聞いて、こぶ黒に興味を持った」と答えます。そして、2017年10月に一度試食して、味が素晴らしかったので11月には仕入れることを決定し、今回のフェアに至ったということです。

「塩釜はやらない。あくまでも焼くことが鉄板焼」と自身の哲学を述べる庄子氏は、メインの牛肉の後に提供される野菜をモヤシから水菜に変更したり、「ディアブル」のようなオリジナルソースを使ったりと、クラシックな路線を踏襲しているかのように思えて、実は先進的です。

日本の食文化において非常に重要な位置を占める昆布を、日本が世界に誇る黒毛和牛に与えて育てた「こぶ黒」は希少価値も高く、まさに日本の食文化を象徴した存在であるでしょう。「こぶ黒」を食せるのは、ホテルでは、会員制料亭の美食倶楽部「星岡茶寮」跡地にそびえ立つザ・キャピトルホテル東急だけであるというのも非常に感慨深いものがあります。

日本の食文化を育むフェア

ANAインターコンチネンタルホテル東京では「嬉野茶時」とのコラボレーションによって現代風に生まれ変わった日本茶のセレモニーを広めたり、ホテルニューオータニでは「世界で活躍する日本人シェフ」では次世代を担うパリの若手シェフを紹介したり、ザ・キャピトルホテル 東急では日本の名産物である昆布を食す「こぶ黒」に焦点を当てたりと、それぞれが日本の食文化にとって大切な茶・人・牛を育もうとしています。

日本人ですら、日本茶、日本の料理人、和牛を知らないのであれば、日本の食文化が発展することはありません。これからも日本の食を育んでいけるようなフェアが開催されることを強く期待したいです。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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