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NHKはそれでも「まったくの事実無根」と言い続けるのだろうか

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

「NHKが『クローズアップ現代』の終了を決定」という記事に対して、「まったくの事実無根」との見解を出したNHK。数々の事実が明かされてもその見解を変えることはないのか。確認のため、NHKに質問を送った。

4月9日にYahoo!ニュース個人で出した記事をめぐっては、NHKが見解を出して記事内容を全面的に否定している。

その記事は、NHKの内部からもたらされた情報に基づき、「クローズアップ現代+」を終了させ来年(22年)4月から後継番組を出すことが決まり、その後継番組の内容の検討が進んでいることを伝えたものだ。4月10日の記事では、NHKの内部資料から”クロ現の次”が具体的に検討されている状況を明かした。また4月11日の記事では、パイロット版を制作するメンバーが部局を越えて集められるなど、既に大規模プロジェクトとして動き出していることを明かした。

NHKの見解は以下だ。

「2021年4月9日、一部ネットメディアで、NHKが『クローズアップ現代+』の終了を決定したとする記事が掲載されましたが、まったくの事実無根で、大変遺憾です。執筆者に対し抗議するとともに、記事の削除を求めてまいります」。

この記事が出る段階でもそれに変化は無い。この為、以下の質問をNHKに送った。

①「まったくの事実無根」という見解は現在も変わらないという理解で良いのでしょうか?

②「まったくの事実無根」とは、「クローズアップ現代」の終了を決定していないだけでなく、その後継番組について検討している事実も無いという理解かと思います。そういう理解で良いのでしょうか?

③「まったくの事実無根」ということは、その見解の対象となっている記事は、捏造であるか、虚偽の情報に基づいて書かれたということになるかと思います。そういう理解ということで良いのでしょうか?

④「クローズアップ現代」は来年4月以降も続くという理解で良いのでしょうか?

NHKの見解は現場の広報局で判断できるものではなく、会長、副会長が判断したものだろう。それ故、既に答えは準備されていると考えるが、返答期限は幅を持たせて4月16日とした。それは、この機会にNHKに考え直して欲しいという思いも有ったからだ。

記事に対しては様々な意見、問い合わせを頂いている。NHKの内部からは次々に情報が寄せられていることも付け加えたい。また、情報提供者に対する心配の声も寄せられている。勿論、それが懸念されるところだが、一方で、記事中で紹介した内部資料は多くのNHK職員が目にすることが可能だ。広報局も、その気になれば確認はできる。そういう意味では、情報提供者をつきとめるのは無理だろう。

直接の取材協力者以外でも、「クローズアップ現代+」の制作に関わる複数の職員に記事について伝えていた。反応は様々だが、1人として「それはまったくの事実誤認だから、書かない方が良い」といった反応は示していない。私は調査報道を長く手掛けてきたジャーナリスト。これも調査報道ではよく使う取材の手法だ。

最も有名なのはウォーターゲート事件を暴いた米ワシントン・ポスト紙のエピソードだろう。記者が取材先に電話をかける。そして、公表する記事の内容を伝えた上で、「これから10数えるので、この記事が誤りであればそれまでの間に電話を切ってくれ」と伝える。映画「大統領の陰謀」の中で、困難な調査報道を象徴するシーンとして描かれている実際に有ったエピソードだ。

取材相手は、電話をどの段階で切るかという行為しかしていない。つまり、情報源になっておらず報道に関わっていないと言える。一方で、どの段階で電話を切ったかで、取材する側は情報を確認できる。

相手に迷惑をかけずに事実を確認する手法の数々は、調査報道で巨大な組織に挑む中で開発されてきた。4月9日の記事で放送総局員が取材に対して「クローズアップ現代」と明言していないのもその1つだ。相手に、「取材は有ったが、私は答えていない」という言い訳をさせる余地を与えるというのは調査報道では大事な取材手法だ。

勿論、複数の人間に記事を伝えて様子を見るだけでは情報の確認には不十分だ。それだけで記事が書けるわけではない。しかし細かい事実を積み重ねることが、こうした取材には求められる。それは、可能な限りの情報を集め分析するという調査報道の基本中の基本だ。

この一連の記事に否定的な意見も寄せられている。また、NHKの内部紛争に利用されているといった指摘をする人もいる。そうした意見を寄せる人の中には著名な識者もいる。その程度のレベルの議論しかできないのかと残念に思う。

一方で、その数倍の規模で、志を同じくするNHK職員、OB、そして新聞記者、ジャーナリストから励ましの言葉が来ている。ジャーナリストの江川紹子さんのコメントを紹介させて頂く。

甘いかもしれないけど、NHKはああいうコメントしたことで、簡単にクロ現を潰せなくなったのでは?/大事な番組を守ってくださって、ありがとうございます」。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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