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「クロ現」終了の記事を「まったくの事実無根」としたNHKの見解は事実ではない

立岩陽一郎InFact編集長
NHK放送センター(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

NHKが「クローズアップ現代+」の終了を決定して来年4月以降の後継番組の検討に入ったとの報道に対して、NHKは「まったくの事実無根」と非難した。しかし、NHKの内部文書からはその非難自体が事実に基づかないことがわかる。後継番組を意味する「クロ現の次」は既に内部資料に列挙されている。

4月9日に「Yahoo!ニュース個人」で報じた「NHKがクローズアップ現代の終了を決定」は大きな反響を呼んだ。出稿は午前6時過ぎ。その7時間余り後にNHKの広報部から抗議の電話を受けた。

「まったくの事実無根であり、記事の削除を求めます」

私が「まったくの事実無根ですか?」と問うたら、「そうです」と答えた。私の問いの理由は後述する。暫く後にNHKのホームページにも掲載するというので確認すると、「NHKの見解」として次の様に記載されていた。

2021年4月9日、一部ネットメディアで、NHKが『クローズアップ現代+』の終了を決定したとする記事が掲載されましたが、まったくの事実無根で、大変遺憾です。執筆者に対して抗議するとともに、記事の削除を求めてまいります

「まったくの事実無根」とは、NHKが「クローズアップ現代+」の終了など議論も検討もしていないというトーンだ。それは、実は事実ではない。私が入手しているNHKの内部資料に基づいて説明したい。

資料の1つには次の様な絵が描かれている。その一部だけ紹介する。

NHKの内部資料(撮影:筆者)
NHKの内部資料(撮影:筆者)

「報番D」から「総合ゴールデン・プライム/開発番組/編成」に提案を出すと描かれている。何を提案するのか?「課題曲」と書かれ、その下に、「”クロ現の次“に向けたアイデア募集・聞き取り」となっている。「クロ現」が「クローズアップ現代」の略なのは説明するまでも無いだろう。この「クロ現の次」という言葉は他の資料にも散見される。

因みに、「報番」とは報道番組のことで、「報番D」とは「報道番組のディレクター」を意味する。「課題曲」については情報を提供してくれたNHK職員の話で紹介しよう。

『課題曲』と『自由曲』とは一種の隠語で、番組の種類を指しているんです。『課題曲』とは上から課題を与えられた番組のこと。『クロ現の次』は上から降りてきたので『課題曲』です」。

因みに、「自由曲」とは自由に提案する番組のことだという。

別の資料に、「報番のゴールデン・プライム開発について」というものもある。NHKの各局のチーフ・プロデューサーらに送られた資料だ。「ゴールデン・プライム」とは、前田晃伸会長肝入りの新しい番組を出す夜の時間帯のことだ。会長会見で再三言及している。

そこにも、「“クロ現の次”『課題曲』については、編成とは別途、アイデア募集・聞き取りをしたいと思います」と書かれている。

更に別の資料には次の様に書かれている。

「次の時代の報道番組とはどういうモノが良いのか、クロ現の次なるものは何か、大切にしなければいけないコンセプトとは、どうせやるならこれくらい思い切ったことをやったほうが良いのでは・・・等々。大方針から志から、演出、デジタルとの連携スタイル、制作フローに至るまで、ご意見や発想をお送りください」。

そして「1行でも、企画書でも、パワポでも動画でもけっこうです」と続き、提案先である「報番開発サポートチーム」のメールアドレスも書かれている。指示の言葉が柔らかいのは、既に現場レベルでの議論だからだ。

私の手元にあるこれらの資料は、既に主だった制作担当者の間で共有されている。それに基づいて、「クロ現の次」、つまり「クローズアップ現代」の次の番組について普通に議論が行われているのだ。資料には部署名のみならず担当者の名前も記されている。NHK広報部は調べようと思えばいつでも調べられるが、担当部署に問い合わせた形跡も無い。

NHK広報部から電話が来た時に、「まったくの事実無根ですか?」と確認した理由は、ここにある。私はNHKが記事に強く反発することは予想していた。それだけ「クローズアップ現代+」及び「クローズアップ現代」の存在は大きいものだからだ。

だから、「様々な検討が行われていますが、まだ決定したものはない」程度の抗議を受けることはあり得ると考えていた。このため、放送総局で番組の開発を知り得る幹部に取材をした。その結果、「発表は無いが、NHKの報道を支えた番組が終わるのは確実だ」という答えだった。「NHKの報道を支えた番組」が「クローズアップ現代」を指していることはこちらの質問から明らかだった。その為、記事化に踏み切った。

それでも、仮にNHK側が、「終了と決まったわけではない」と抗議するならば、それはどの段階を正式な「終了」とみなすかという解釈の問題となる。それなら理解できる点も有るが、「まったくの事実無根」という抗議には驚いた。実はそれは私だけではない。「NHKの見解」を見た職員の多くが、「え?クロ現って、無くなるんだよね」と驚いている。

これらの資料から見ても、「まったくの事実無根」が事実と言えないことはあらためて説明するまでも無いだろう。

「NHKの見解」によると今後も記事の削除を求めるということだ。一方、私はNHK広報部に「NHKの見解」を削除することを求めない。それは残すべきだ。「事実無根」という非難が仮に私の名誉を傷つけるものだとしても、NHKがそうした抗議をした事実は残す必要が有ると考えるからだ。

むしろ、この記事についても「NHKの見解」を出して頂きたい。ここに紹介した資料は私の手元にある。他にも資料は有る。情報源を守るという報道人としての責務の為に全てを公開することは避けたいが、対応が無ければそれも考えたい。

当然、私は前回の記事もこの記事も削除することはない。その必要性が無いことは当然だが、どのような報道が行われたかを残すことが報道のあるべき姿だと考えるからだ。その上で、来年(22年の)4月を待ちたい。しかし、見解そのものが事実に基づかないにせよ「まったくの事実無根」とまで言い切った「クロ現の次」があってはならないことは言うまでも無い。

(今回も情報源を匿名にしています。これは本来はあるべきではないと考えますが、情報源が特定されれば情報提供者が著しい不利益を被ることは明らかで、それ故、今回も匿名としています)。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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