NHKの「まったくの事実無根」見解が事実でない理由を更に詳細に明かす
「クローズアップ現代」の終了をNHKが決定して後継番組の検討に入ったと報じたことに「まったくの事実無根」と反論したNHK。その反論が事実に基づかないことを更にNHKの内部資料から詳細に明かす。
Yahoo!ニュース個人で「NHKがクローズアップ現代の終了を決定」と報じられた4月9日、「クローズアップ現代+」を制作する部署では会議が開かれていた。その場で責任者から、そのニュースについて、「NHKはまったくの事実無根だとして記事の削除を求めた」との説明があった。
その時、会議の出席者からどよめきが起きたという。その報告を受けた放送総局の幹部によると次の様な内容だったという。
「でも、クロ現は無くなるんですよね?」
「だから我々はパイロット版を作るっていう話をしているんですよね?」
責任者は、それを否定していない。
「じゃあ、まったくの事実無根って、おかしくないですか?」
これについて責任者は次の様に話したという。
「上からの指示で潰すわけではありませんから。それは、事実無根です」
以上が会議での大まかなやり取りだ。勿論、正確な文言では無い。こうした趣旨のやり取りが有ったということだ。
妙な話だとの印象は、その場にいた多くの職員が共有したようだ。4月9日の記事には「上からの指示で番組が終了した」などと書かれていない。勿論、下からの意見で終了したとも書いていないが、それをもって「まったくの事実無根」という表現は極めて違和感が有る。
また、前回書いた通り、後継番組は「課題曲」と位置付けられている。「課題曲」と「自由曲」の意味については4月10日の記事を参照して欲しいが、「課題曲」とは上から課題を与えられて検討する番組を示す隠語だ。つまり「クローズアップ現代」の後継番組は上から与えられた課題ということになる。そうであれば、そのために終了する番組、つまり「クローズアップ現代」の終了は上からの指示によると考えるのが普通だろう。
なぜNHKは「まったくの事実無根」との見解を出したのかは、私にはわからない。しかし、その見解にNHKの職員の多くが違和感を覚えていることは書いておきたい。
前回も、仮に「まだ決定したわけではない」という反論ならあり得ると書いた。しかし、それも実際には苦しい言い訳だ。既にパイロット版を作るチームまで編成されている。そう書くと、「新たな番組のパイロット版を作ると言って、それで今の番組を終了させるとはならない」と反論する人もいるだろう。しかし、「クローズアップ現代」の後継番組のパイロット版を作るというのは、そんな生易しいものではない。
これまで私の手元にいくつか資料があることを明らかにしてきた。この資料は、情報源の特定につながるので公表は慎重にする必要がある。しかしNHKが「まったくの事実無根」との見解を出し、それを信じている人もかなりいる現状がある。そのため、慎重な書き方で、1つの資料について説明したい。パイロット版の制作メンバー表だ。
そこには次の様に書かれている。
【コア】
@@CP(総合CP)(社番遊軍)
@@PD(総合PD)(大型)
【若手コア】
@@@@PD(H21・政経国(経))
@@@@PD(H24・おはよう)
@@@@PD(H24・NW9)
ここまでを説明しよう。@には個人名が入っているので省略している。CPがチーフ・プロデューサーでパイロット版の制作責任者となる。「社番遊軍」とは、社会番組班の遊軍に所属するということだ。その下にPD(プログラム・ディレクター=制作担当者)がつく。この2人がコア、つまり中心になるのだが、その下に若手で抜擢されている。大抜擢と言って良い。2009年から2012年の入局というから、このプロジェクトが前田会長の進める若手登用を反映させたものだと読むことが可能だ。
注目して欲しいのはその所属だ。「政経国(経)」とは、政治経済国際班で経済を担当しているという意味だ。そして、「おはよう」は「おはよう日本」で、「NW9」は「ニュースウオッチ9」だ。メンバー表は更に続く。それを見ると、首都圏放送センターやスポーツ報道センターからも人が入っている。部局横断での抜擢だ。
わかるだろうか。このパイロット版とは、「クローズアップ現代」を作っている部署だけで試行錯誤するというレベルではない。NHKが部局の垣根を越えて人を集めた大型プロジェクトが始まっていることを意味している。
NHKは現在、各部局とも限られた人員での対応をせまられている。特にコロナ禍やオリンピック・パラリンピックへの対応で、どこも過酷な状況だ。それでもやりくりして人を出すというのは、NHKが組織として決定して前に進めているプロジェクトだからだ。「正式な決定かどうかわかりません」などというレベルでは無いということだ。
それでもNHK広報部は「正式な決定ではない」と言い張るかもしれない。しかし、それは既に現場の失笑を買っていることは知っておいた方が良いだろう。
最初の記事が出た4月9日に広報部が抗議の電話をしてきた時、私が「まったくの事実無根ですか?」と問うたことは前回も書いている。私は更に次の様に伝えている。
「これは特ダネ狙いで書いているものではないですよ。取材を尽くした結果、悩んだ上で書いているんですよ」
それでも「まったくの事実無根」と言い続けた。印象では、本人は本当にそう思っているようだった。不思議なのは、少しでも調べれば私が書いている内容くらいは把握できた筈だからだ。
明確に書くが、これは誤報ではない。ここまで結果を示された場合、これを誤報と呼ぶことは難しい。一方で、これは特ダネだとも思わない。NHKの内部で共有されている事実が外に出ただけのことだ。
NHKが「まったくの事実無根」との見解を出したことで、これは別の意味を持ち始めている。NHKのある職員は、「これはもう『まったくの事実無根』事件です」と嘆いた。つまり「まったくの事実無根」とした経営幹部の判断を冷ややかに見る雰囲気が現場に出ているということだ。
この一連の記事は、公共放送としてのNHKを包括的に説明する本を出すというプロジェクトがきっかけになっている。その狙いは、スキャンダラスな暴露話にはない。NHKとはどういう組織で、どういう職種の人が、どのような考えをもって仕事をしているのかということを予断を排して書き記すものだ。
だから、この情報を得た際は、公にするか悩んだ。報じることで「クローズアップ現代」の終了が既成事実となってしまう恐れも感じた。前回書いた通り、放送総局幹部への取材から、公表されようがされまいが、番組の終了は変わらないということがわかった。それで報じるにいたった。この原稿を書いている今も、正直、心が痛い。
それは私自身のNHKでの経験から来るものかもしれない。私は91年にNHKに入り、最初にオウム事件の取材で「クローズアップ現代」の制作に携わった。目黒公証役場事務長拉致事件のきっかけとなった元信者のインタビューを私が撮ったからだ。それはオウム真理教の実態を脱走した信者が明かす驚きの内容だった。入局間もない若い記者を信じて番組を制作する。それが「クローズアップ現代」だ。
その後、沖縄で起きた少女暴行事件から米軍基地問題、国内外の事件と、私はこの番組によって育てられた。それは私だけではない。多くのNHKのPD、記者、カメラマン、編集マン、アナウンサーが共有する思いだ。そして、彼らがこの記事の情報源だ。この記事はそうした人々の思いだ。
前田会長が進めるNHK改革には納得する点も多い。縦割りの打破、若手の登用、長寿番組の見直しなどのマンネリからの脱却。何れもNHKに必要だと多くの職員が語っている。
しかし、長く続いた報道番組には歴史に裏打ちされた故に持つ社会への重みや発信力、説得力がある。そして、そこに関わることでスタッフが成長できる利点も有る。海外には「クローズアップ現代」よりはるかに長く続いている報道番組がある。それらは試行錯誤を繰り返しながら、今も社会に切り込み続けている。伝統ある報道番組は、それ自体が社会の公器という考えからだ。
最後に1つNHKに要望したい。次に出す見解で私を批判するのは自由だが、そこに「『クローズアップ現代』は終了しません」と一言入れて欲しい。
(情報源が特定されることで情報提供者に著しい不利益が予想される為、匿名としています)。