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右肩上がりで改善してきたウクライナの医療。2年後の姿は。

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
破壊された地元病院の前に立つ医療者。2022年3月、ウクライナのドネツクにて。(写真:ロイター/アフロ)

4月7日は、「世界保健デー」だった。1948年のこの日、世界保健機関 (World Health Organization: WHO) が設立され、記念日となった。今年の同日、WHOは、ウクライナで2月24日以降、89の医療施設と13の救急車など移動手段が武力攻撃を受け、73人が死亡、51人が負傷したと報じた。

破壊は瞬く間に起きるが、他のインフラ同様、医療の回復は容易ではない。破壊による影響は医療施設の損失や死傷者に留まらず、医療サービスが損なわれることで、日常の基礎医療、二次・三次医療にも長く影響を及ぼす。昨年末に発表されたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)*の実現に向けた進捗報告書『Tracking universal health coverage: 2021 Global Monitoring Report』(WHO/世界銀行、2021年12月発行)で、ウクライナは、総合値80を目標(最大値100)とする保健サービスの指標で、73をマークしていた。この値は、サウジアラビアやモロッコ、クロアチア、ハンガリーといった国々と同じだ。この報告書は2年に一度発表されているが、現在も戦禍が続くウクライナで、この数値の今後の推移が懸念される。

*ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態。

危機は、中東やアフリカでも

2011年3月から内戦が続くシリアでは、2022年2月までに、医療への攻撃が601回、うち医療施設400カ所が標的となり、942人の医療者が命を落としたとPhysicians for Human Rightsが伝えている。

また、2020年11月から紛争が続くエチオピア北部ティグレ州では、研究チームが2021年6月までに調査を行った医療施設および医療関連車両の大半が、機能不全に陥っていることが判った。

ティグレ州の医療施設・車両の機能状況(2021年6月)※参考:紛争前の医療施設・車両数:病院47、保健センター233、保健ポスト712、救急車280
ティグレ州の医療施設・車両の機能状況(2021年6月)※参考:紛争前の医療施設・車両数:病院47、保健センター233、保健ポスト712、救急車280

Gesesew H, Berhane K, Siraj ES, et al The impact of war on the health system of the Tigray region in Ethiopia: an assessment BMJ Global Health 2021;6:e007328.

また、エチオピアの保健省は2021年9月に英国国営放送の取材に応え、過去数ヵ月の間に、アムハラ州で、40余りの病院、453の保健センター、1850の保健ポスト(保健センターよりも簡便な施設)、4つの血液バンク、1つの酸素バンクが破壊または略奪され、アファール州では、1病院、17の保健センター、42の保健ポストが攻撃されたと伝えている。

先述のUHC進捗報告書では、シリアの医療サービスの総合値は56。背景には人口に対する医療者数、非高血圧、結核治療の指標に見られる低い値がある。一方、エチオピアの医療サービスの総合値は38。特に値を押し下げているのは、人口あたりの医療者数と病床数、最低限の衛生設備へのアクセス、そして、防虫効果のある蚊帳の使用といった指標における値の低さだ。特に医療者数、病床数、衛生設備へのアクセスの値は「極めて低い」。

武力攻撃だけが、これらの値の背景ではない。けれど、そうした攻撃が続く限り、医療施設や医療者の不足を埋める人道支援も進まず、ましてや自国の医療サービスの改善や回復はいっそう遠くなる。高血圧などの慢性疾患も、同様に治療に時間のかかる結核も、医療へのアクセスが限られた中では、継続が難しい。シリアもエチオピアも、2015年の報告以降、UHCの医療サービスの総合値は、ほぼ横ばいが続いている。

ウクライナは2000年以降、UHCの医療サービスの総合値は右肩上がりを続けてきた。2021年末の報告書では、非高血圧と結核治療の指標で苦戦しているが、医療サービスの提供能力と医療へのアクセスでは高い数値を誇っている。2023年に次の報告書が発表されるとき、その値はどうなっているだろうか。

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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