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感染症対策の推進はコミュニティの理解と参加で

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
ミャンマーから逃れたロヒンギャの人々85万人が暮らすバングラデシュの難民キャンプ(写真:ロイター/アフロ)

先週、国連のアントニオ・グテーレス事務局長らは、感染が拡大する新型コロナウイルスについて、社会基盤がぜい弱な国々での対策も急務として、国際社会に対し、20億米ドル(約2200億円)の資金拠出を求めた。「紛争や自然災害、気候変動で既に危機にある国々に、新型コロナウイルスが到達しつつある。そこに暮らすのは、家を追われ、難民・避難民キャンプやビニールシートの下に身を寄せる人々だ。彼らには自らを守る家もない」。ぜい弱な国々とは、たとえば2020年初頭にNGO国際救済委員会が特に危機的状況にある20ヵ国と発表した、イエメン、コンゴ民主共和国、シリア、ナイジェリア、ベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ブルキナファソ、ソマリア、中央アフリカ共和国などだ(20ヵ国地図)。

資金拠出の呼びかけに先立ち、医療人道支援を行う国際機関や非政府組織(NGO)では、先進国途上国の両方で、長期にわたり、同時多発的に起きる緊急事態にどのように対処していくか、議論が始まっていた。こうした議論は、先進国で既に進行する感染拡大への対応と国際支援との両立から、支援国内のコミュニティレベルの対策まで多岐にわたる。今回は、先日 The New Humanitarian(人道支援や課題をテーマとするニュースメディア)主催で行われたオンライン討議の一部を紹介しながら、コミュニティに関する対策を取り上げたい。

ローテクな予防法ではあっても……

日本では今、「三つの密」(集団感染を招きやすい密閉、密集、密接)を避けること、また「丁寧な手洗い」が、日々呼びかけられている。ハイテクではなく、個々人でもローテクで行える予防法だ。しかしたとえば、難民キャンプで複数の家族が一つのテントの中で暮らす状況下では、密を避ける暮らしそのものが難しい。また、安全な水の確保が厳しい状況では、手洗い自体が容易ではなく、丁寧かつまめな手洗いは困難を極める。

また、こうした課題は、避難民や難民に限った課題ではない。キャンプを擁する地元コミュニティ(ホスト・コミュニティ)もぜい弱な場合が少なくなく、人道支援では実質的な公平性の観点から、両者に支援が届く仕組みや配慮を心がける。たとえば、水の供給を行う場合には、キャンプに暮らす人々のみならず、コミュニティの人々にも同様に供給する水を利用してもらうなどだ。彼らも大家族が文字どおり一つ屋根の下に暮らし、やむを得ず衛生的でない水で日々をしのいでいる場合も多い。

レバノンで活動する、NGO アメル・アソシエーションのプログラム&パートナーシップ・コーディネーターのルフェーヴル氏は、難民とホスト・コミュニティ間、コミュニティ同士の対立や偏見を回避するために、それぞれに必要な支援を行う必要があると語る。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の2020年1月の発表では、レバノンには150万人のシリア難民と20万人のパレスチナ難民が暮らすほか、支援が必要な状況下にあるレバノン人も100万人にのぼっている。

必要な情報を、だれから、どう受け取るか

世界の多くの地域では、新型コロナウイルスに関する過剰な情報の流布が人々の不安を駆り立ててもいる。この「インフォデミック」と呼ばれる根拠のない情報も入り交じった過剰な情報拡散は、社会のパニックの原因や実際に健康を害す要因にもなりかねず、たとえば、世界保健機関(WHO)は24時間体制で専門チームがネット上の情報の精査を行い、健康を損なう可能性がある情報については、科学的根拠に基づいて誤りを指摘している。

例:イラスト入り解説(英語)

「新型コロナウイルスは蚊に刺されることで感染しますか?」、「いいえ、そのような証拠はなく、蚊に刺されることでは感染しません」

他方、ぜい弱な環境で暮らす人々は、情報を支援組織に頼っている場合が多い。ソマリアで活動する、NGOノルウェー難民評議会のアドボカシー・マネジャー、メーガン氏は、「必要な情報を、だれから、どのように、人々に伝えてもらうかが重要」と話す。

西アフリカやコンゴ民主共和国でのエボラウイルス病対応で学んだとおり、行政、地元コミュニティ、外部からの支援者との間に、信頼関係はできているか、それがなければ、情報がどれほど有益なものであっても、それを伝えていくことは難しい。だれの、どのような情報を信頼し、自分や家族、社会を守る行動をとるか。それは日本でも世界でも同じだ。

4月に入り、日本国内でも、各地の感染状況に応じた地方行政主導での判断や対策が講じられていく。ひとつの県や市でも対策に幅をもたせていく場合、実施内容に差異はあっても、公平感に差異がないよう、判断の根拠ができるだけ明確に共有されることを期待したい。同時に私たちも、同一対応や一律実施がイコール公平という落とし穴に陥らないよう、そして結果的に、市町村が、都道府県が、国が、世界が機能不全に陥ることのないよう、臨機応変かつ柔軟な対策を受け入れ、社会の一員として対策に参加したい。

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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