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政治の裏金をやめさせるには「派閥解消」でも「規制や罰則の強化」でもないことを国民は認識すべきだ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(732)

睦月某日

 自民党は11日、派閥の政治資金パーティ裏金事件を受けて、岸田総理を本部長とする総裁直属の「政治刷新本部」の初会合を開いた。16日には党所属議員全員が参加できる会合を開き、若手経営者や法律の専門家など有識者も招いて今月末に中間とりまとめを行う予定だという。

 しかし東京地検特捜部による事件の解明はまだ終わっていない。どのような事件なのかが判然としないまま、極めて短期間に「刷新」の方向を示すのは、本腰を入れて政治を刷新する気がなく、26日から始まる通常国会で野党の追及をかわすことだけが目的のチンケな方策としか思えない。

 チンケな方策だから議論の行方もチンケになる。初会合のニュースでは菅義偉前総理や小泉進次郎衆議院議員らが「分かりやすいのは派閥を解消することだ」とぶち上げていたが、それは国民の目を問題の本質からそらし、民主主義を否定する発言であることを国民はしっかり認識すべきである。

 民主主義社会であれば同じ考えを持つ人間同士が集まり徒党を組むのはごく自然である。それをけしからんと言うのはまるで専制主義国家で、今回の裏金事件の本質とは何の関係もない。裏金事件の本質は政治資金を国民に隠して見えなくしていることが問題なのだ。

 最も分かりやすいのは派閥の解消ではなく政治資金をすべてガラス張りにすることである。それ以外に本質的な問題の解決方法はない。ところが問題を解決したくない政治家たちがいて、彼らは問題の本質から国民の目をそらすため、一見もっともらしいことを言って国民をたぶらかし、結論を問題の本質から外れたものにするのである。

 フーテンはロッキード事件以来「政治とカネ」の摘発を毎回注目してきたが、政治改革が叫ばれるたびに同じことが繰り返し主張され、しかし問題の本質から外れているので結局何も変わることはない。メディアが民主主義の味方のようなふりをして、結論を問題の本質から外す方向に国民を誘導するからである。

 なぜそうなるか。この国に存在する既存の権力構造は、国民が問題の本質を理解し、選挙で権力構造を変えられては困るからだ。だから政治資金をすべて透明にすれば良いものを、それとは遠い「派閥の解消」とか「政治資金の規制や罰則の強化」とか、一見もっともらしいが問題の本質にたどり着けない理屈を作り出すのである。

 「派閥解消」を唱えたのは安倍派の源流「清話会」の創設者である福田赳夫氏である。福田氏は池田勇人内閣時代に保守本流を自認する池田氏の「宏池会」に対抗し、「党風刷新連盟」を作って派閥解消を提唱した。

 その後、大蔵官僚出身の福田氏は佐藤栄作総理から後継を託されていたが、小学校卒で土建屋上がりの田中角栄氏に自民党総裁選で敗北し総理の座を奪われた。その田中政治はエリート官僚が支配してきた日本政治の思想とは無縁だった。

 つまり米国がもたらした戦後民主主義に基づく「数は力」を信奉し、それを支える「金の力」を根幹としていた。米国では政治献金を多く集めた政治家が国民から評価され選挙で勝利する。だから競争して政治献金を集め、それを公開して国民の評価を高める。

 田中派には多彩な人材が集まり「総合病院」と呼ばれた。国民のどんな陳情や要求にも対応できる体裁を整えたからである。それは旧来のエリート官僚の地位と役割を脅かす。田中派の存在は旧来の官僚支配に危機を感じさせた。

 田中総理が誕生すると、月刊『文芸春秋』に掲載された立花隆氏の論文「田中金脈研究」が引き金となり、「金権政治批判」の大合唱が起こる。そして田中総理が退陣すると、直後にロッキード事件が起き、田中逮捕によって田中氏は「政治とカネ」の象徴となった。

 さらにロッキード事件で無罪を主張する田中氏は、派閥を150人規模に膨張させ、キングメーカーとなって日本政治を牛耳り、政治の力で無罪を勝ち取ろうとした。これが日本政治に歪みをもたらし、「政治とカネ」と「派閥政治の弊害」が結びつき、30年前の政治改革では「派閥政治の解消」が政治改革の主要課題となった。

 菅前総理や小泉議員はそのお題目を繰り返しているにすぎない。今回の安倍派の組織ぐるみの裏金作りが、30年前と同質のものであるかどうかまだ判然としない。ただ安倍晋三元総理は憲政史上最長の在任記録を達成したにもかかわらず、年齢が若いことからもう一度総理に再選される野心を抱いていた。

 そのため最大派閥を膨張させ、岸田総理を短期で終わらせようと考えていた。ただし自分が会長になってからはむしろ裏金が露見することを恐れ、いったん中止の指示を出したが派閥議員から反対されて裏金還流は続いた。そのあたりが今回の検察捜査のポイントになる。

 さらに付け加えれば、自民党に派閥政治が生まれるのは健全な政権交代がないからだ。野党が本物になり、政権交代が常態化すれば、与野党ともに党内で派閥対立する暇はなくなる。菅前総理や小泉議員が「派閥政治の弊害」を問題にするのなら、自民党を離党して野党と合流し、政権交代が常に行われる政治構造を確立すれば目的は達成される。

 自民党の「政治刷新本部」が結論にしようと考えているのは、「政治資金の規制や罰則の強化」と思われる。パーティ券の購入は20万円以下なら政治資金収支報告書に名前を記載する必要がない現行の仕組みを5万円以下に下げ、また連座制を適用して会計責任者だけでなく議員も訴追できるようにすれば、国民から評価されると考えている。

 しかしこれこそ典型的な国民騙しの対応だ。なぜ5万円に引き下げれば裏金化が防げるのか分からない。どうせなら5万円でなくなぜゼロにしないのか。ゼロは政治資金をすべて国民に明らかにしなければならないという政治資金規正法の趣旨そのものだ。

 それをやるのが当たり前なのに、5万円に引き下げるというのはこれからも裏金作りを続けなさいという意味だ。政治資金収支報告書の記載は20万円より多少面倒になるだろうが、裏金作りは続いていくことになる。それに賛成する政治家は裏金がなければ政治を続けられないと自白しているようなものだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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