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論理的に考えれば解散の可能性はないがメディアはなぜか解散を言う

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(718)

神無月某日

 米国議会で史上初のことが起きた。マッカーシー下院議長解任動議が可決されたのである。ウクライナ支援を含む予算案の大幅削減を主張する共和党保守強硬派8人が賛成票を投じたため解任劇は起きた。米国政治は次の下院議長を巡り混迷を深めていくことになる。

 バイデン大統領は先月21日にウクライナのゼレンスキー大統領と首脳会談を行い、470億円の軍事支援を約束したばかりだ。その実行が不透明になるだけでなく、この解任劇の先には、世界に対する米国の軍事関与が根本から見直される可能性がある。

 そんな時に日本の木原防衛大臣がワシントンを訪れ、お定まりの米国の足裏をぺろぺろする儀式、すなわち日米同盟重視を確認するオースティン国防長官との会談に臨むという。おそらく米国の「穴」を日本に埋めさせる下知があるのではないかとフーテンは想像する。

 日本にとって日米同盟は絶対だと言う人たちがいる。ロシア、中国、北朝鮮という敵に囲まれているのだからそれ以外の選択肢はないと言うのだ。しかし永遠の同盟者も永遠の敵対者も存在しないのが世界である。それに米国が日本を守るという保証はどこにもない。

 利益があるから同盟を組む。不利益になれば同盟を解消する。これまでは吉田茂が敷いた路線、つまり国民に憲法9条を平和のためだと信じ込ませ、日米同盟に頼る「軽武装・経済重視」が、自主防衛より日本に利益をもたらすと考えられた。

 しかし今や日本は日米同盟によって米国から「重武装」を要求される。また経済分野では「日本型経営と日本的共同体の解体」が促された。「軽武装・経済重視」は冷戦崩壊と共に消えた事を日本国民は直視すべきである。

 日本は米国の意向で、銀行が企業経営の中枢にいた「間接金融」から、株式市場で資金を集める「直接金融」に転換させられた。さらに日銀は米国から低金利を押し付けられ、そのため日本経済はバブルになり、バブルが崩壊するとデフレによる「失われた時代」が続いた。

 日米同盟は日本の利益に適うのかを、軍事と経済の両面から検証し、その一方で日本は全ての国と平和条約を締結して専守防衛に徹し、どの国とも同盟関係を作らない場合のコスト計算を行い、そのコストと日米同盟のコストを比較する時期に来たとフーテンは思う。

 さて10月4日、日米同盟という従属路線を国是とした吉田茂の流れを汲む保守本流「宏池会」出身の岸田文雄総理が就任して2年となった。この政権の特徴は自民党第四派閥の弱小勢力が権力を握ったところにある。

 弱小勢力が権力を握った例として、田中角栄の傀儡として誕生した中曽根康弘政権がある。フーテンは当時現役の政治記者で裏舞台を見てきたから、フーテンはそれと比較して岸田政権を見ている。

 無論、中曽根と岸田では大人と子供ほど政治家として成熟度の違いはある。中曽根は人事権も解散権も田中の言う通りにした。時間をかけて田中から権力を奪う戦略で、金丸信と竹下登を使ってその野望を成就させた。ところが岸田総理は就任するや最大派閥の安倍元総理に喧嘩を売った。

 最初の人事で安倍元総理の「天敵」である林芳正を外務大臣に起用し、しかも参議院から衆議院に鞍替えさせ、将来は安倍元総理の地盤を崩す構えを見せた。ところがメディアはそれを大騒ぎしなかった。誰に遠慮しているのだろうとフーテンは不思議に思った。

 弱小派閥の岸田総理の目的は最大派閥を解体し、岸田派の党内基盤を強化することである。そのためにまずは最大派閥を手なずけなければならない。ところがメディアはそれを「言いなりになった」かのごとくに報道する。

 例えば安倍元総理が銃撃され死亡すると、岸田総理は最大派閥の支持を取り付けるため、国民が反対しても「国葬」を強行した。ゆくゆくは最大派閥を解体するための手段だったと思うが、メディアはそういう捉え方をしない。岸田総理は批判の集中砲火を浴びて支持率を下げた。

 しかし岸田総理にとって支持率低下は問題ではない。「国葬」のために下がれば最大派閥は足を引っ張れなくなる。そして岸田総理には「黄金の3年間」がある。最長で25年夏まで国政選挙をやらなくて済む。そう考えれば国民に不人気なことをどんどんやれる。マイナ保険証の導入も処理水の放出も何でもやれる。

 ただし来年秋の自民党総裁選では再選されなければならない。それまでには対抗馬をすべて潰しておく必要がある。対抗馬になり得るのは前回出馬の河野太郎、高市早苗、そして菅前総理と茂木幹事長も抑える必要がある。それができれば無投票再選が決まる。

 弱小派閥の総理が権力を維持するための最大保証人は米国である。日本の宗主国を味方に付ければ何も怖いものはない。中曽根はだからロン・ヤス関係を構築して米国の言うことを何でも聞いた。「日本を不沈空母にする」と言ってレーガン政権を喜ばせた。

 小泉純一郎も党内基盤が弱かったから米国の言いなりになった。米国が嘘をでっちあげて始めたイラク戦争では、フランスとドイツが米国に反対し、英国とオーストラリアとポーランドしか米国に協力しなかったのに、日本は自衛隊を初めて戦地に派遣してブッシュ(子)政権を喜ばせた。

 弱小派閥の総理が誕生すると米国の言いなりになるのは日本政治のセオリー(原理)と言える。第二次安倍政権は弱小派閥ではなかったから、安倍元総理はロシアのプーチン大統領と親密な関係を築き、秘書の今井尚哉が中国の習近平政権の「一帯一路」の会合に参加するなど「全方位外交」を展開した。

 メディアとフーテンとがまったく異なる見方をするのが解散・総選挙である。メディアは事あるごとに岸田総理は解散を狙っていると言う。フーテンは岸田総理に利益がなければ解散はやらないと考えている。利益は野党に勝つことではない。党内力学を変化させ、自分の長期政権と「宏池会」の政権継続を確実にすることである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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