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バイデンの断末魔を見せられ、米国民主主義の終わりの始まりを痛感する

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(634)

如月某日

 北京五輪が閉会した翌日、ロシアのプーチン大統領はウクライナ東部で親露派武装勢力が支配する地域の独立を承認し、「平和維持」を名目にロシア軍の現地への派遣を指示した。

 前々回の2014年ソチ五輪でプーチン大統領は、五輪期間中にウクライナに政変が起こり、親露派政権が打倒されたことへの対抗として、五輪が終了するとすぐロシア海軍の拠点があるクリミヤ半島を武装制圧し、住民投票を行ってウクライナから独立させた。今回のやり方はまさにその続きに当たる。

 つまりプーチンは北京五輪が開催される前からこの計画を心に秘め、中国の習近平政権とも連携を取りながら、米国のバイデン政権やEU各国と渡り合い、五輪が終了した時点で計画通りにウクライナ東部の独立を承認した。

 北京五輪が閉幕した翌日にプーチンが取った行動は、2014年のクリミヤ併合の際、同じく住民投票で一方的に独立を宣言した「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の代表をモスクワのクレムリンに招き、独立国として承認する大統領令に署名、また「友好相互援助条約」を調印した。さらに「平和維持」を名目にロシア軍の派遣を指示した。

 これらすべてはプーチンにとって予定通りの行動だ。一方、連日「戦争が起こる」と繰り返し恐怖を煽っていた米国のバイデン大統領は、事態を想定していたはずなのに対応の歯切れが悪い。もう少し見極めないと次の判断ができないのか、あるいは想定に甘さがあったのか、すきを突かれた感じに見える。これも2014年のクリミヤ併合の時と同様だ。

 国際社会は一致してロシアのやり方を猛烈に非難し、最大級の経済制裁に踏み切る構えを見せるが、プーチンにしてみればそれは覚悟の上だから、それがどれほどの効果を持つのか疑問である。とにかくプーチンは予定通りに事を進め、バイデン大統領をリーダーとする西側各国は本当に結束できるかがまだ見えない。

 「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立承認と、「平和維持部隊」の派遣をロシアの新たな軍事侵攻と見るかどうかで、今後の局面は変わってくる。新たな軍事侵攻と見るなら外交交渉の余地はない。それこそバイデンの言う戦争になる。

 それを見越してプーチンはウクライナの首都キエフに近いベラルーシとの合同軍事演習をまだやめていない。いざとなればキエフに攻め込む構えを崩さない。しかし新たな軍事侵攻と看做されなければ、外交交渉の余地が生まれ、米ロ首脳会談が実現することになる。昨日まではその可能性も取りざたされたが、日本時間の23日未明になってバイデン大統領は、軍事侵攻と看做す姿勢を取り始めた。つまり外交交渉での打開をいったん諦めた。

 では断固たる姿勢で軍事的に対立するかというと、そこまでの姿勢ではない。外交交渉の可能性もまだ残してはいる。とにかく歯切れが悪い。一方のプーチンは核戦争も辞さずという姿勢を見せ、それは脅しに違いないが、脅しにしても迫力がある。

 ここまでの流れを見てフーテンは、1991年12月のソ連邦崩壊によって「米国民主主義の勝利」を高らかに歌い上げ、唯一の超大国となった米国の栄光がわずか30年の幻に過ぎなかったという思いにとらわれた。

 今回の出来事はフーテンに「米国民主主義の終わりの始まり」を思わせる。何が米国民主主義を躓かせたか。民主主義の勝利で「歴史は終わった」と宣言し、米国民主主義の価値観で世界を統一しようとした思い上がりである。

 ソ連崩壊後に誕生したクリントン政権は、精密誘導兵器に代表される最新鋭の軍事力を駆使し、米国の考える「正義」を世界中で実現しようとした。つまり米国は「世界の警察官」として世界各地に軍を派遣し、米国型民主主義の普及拡大を図ろうとした。

 またIT技術によるグローバリズムが米国の一極支配を後押しする。世界各地に存在する民族や宗教、文化の差異を超えて、米国民主主義こそが普遍的価値だと尊重させる風潮を世界に広めた。それにもっとも反発したのが中東のイスラム文化圏だ。

 その反発がブッシュ(子)政権の2001年、「同時多発テロ」となって米国本土を襲う。ブッシュ(子)政権は、真珠湾奇襲攻撃を行った戦前の日本が、敗戦によって米国に忠実な民主主義国家に生まれ変わったことを例に挙げ、中東諸国を民主化するための「テロとの戦い」を宣言する。それが米国史上最長の終わりなき戦争となって米国を苦しめた。

 「リメンバー・パール・ハーバー」が米国を破たんの淵に追い込んだとフーテンが指摘するのはそのためである。戦後の日本は実は米国に忠実な民主主義国家になったと見せながら、軍事に金も人も使わず、冷戦を利用した狡猾な外交術で経済に力を注ぎ米国を圧倒するようになった。

 ソ連消滅によって米国は本格的に日本経済潰しに動き出すが、クリントン政権は日本に対抗させる目的で中国と手を組み、中国を世界経済に巻き込んで育て上げる一方、ロシアに対しては旧ソ連邦諸国のNATO加盟を進めることでロシアの弱体化を図った。プーチンは対抗上、軍事力強化に乗り出し、2014年ソチ五輪後のウクライナ政変を機にクリミヤ半島の武力併合を成し遂げたのである。

 気が付けば米国にとって最大の脅威は中国の台頭に他ならなくなった。中東からの米軍撤退を急がなければ、力を中国に集中できない。しかしオバマは実現できず、トランプはタリバンとの秘密交渉で合意に達するが、実現の前に大統領職を追われた。そこに登場したバイデンは昨年8月、先を急ぐあまり一方的なやり方で、国際的信用を失墜させる。

 つまり撤退を優先するため米国と同盟関係にあったアフガン政府をバイデンは見捨てた。これは米国の同盟国にとって衝撃だった。バイデンは「台湾有事」に備えるため「アフガン撤退」を急いだのだが、それは当の台湾にも「米国は信用できるのか」という疑問符を突きつけたのである。

 NATO諸国にとっても同様で、そこにプーチンは付け込んだ。北京五輪を背景に2014年ソチ五輪の続きを計画させ、中国との競争に力を集中するはずだったバイデン政権は、ウクライナを取り囲むロシア軍の存在に力を割かれることになった。そしてプーチンの思惑通りになった。今日現在のフーテンは、バイデンにもはや民主主義陣営のリーダーとしての資質を感じない。

 そうした思いを持つのはフーテンだけではないようだ。北京五輪が閉会した夜、米国のCNNテレビを見ていたら、ヒラリー・クリントンがニュースに登場した。彼女はドナルド・トランプとの大統領選に敗れ、政界を引退したのかと思っていたらそうではないらしい。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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