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五輪後の過去最低支持率で本当に「菅おろし」が起こるのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(599)

葉月某日

 東京五輪が閉幕した直後の世論調査で、菅内閣の支持率は軒並み過去最低を記録し、メディアはしきりに「菅おろし」が始まると喧伝する。しかし自民党が菅総理に代えて誰を総理に立てるというのか、フーテンには「お騒がせ」としか思えない。

 前回のブログで8月7,8日両日に行われた朝日新聞社の世論調査が、過去最低の28%の支持率だったことを紹介した。すると7日から9日にかけて行われたNHKの調査でも支持率は29%で危険水域と言われる3割を割り込んだ。不支持は朝日で53%、NHKで52%だから支持の倍近くある。

 それ以外でも、7日から9日に行われた読売新聞社の調査で支持は35%、不支持は54%を記録し、7日と8日に行われたJNNの調査でも支持は32.6%、不支持が63.4%を記録するなど不支持が支持を大きく上回る。

 そのためメディアは、東京五輪のメダルラッシュで五輪開催に否定的だった国民の雰囲気が変わり、内閣支持率も上昇に転ずるから、その勢いで解散・総選挙に打って出て、選挙で与党が過半数を制すれば、自民党総裁選で菅総理が無投票再選されるはずのシナリオが崩れたと解説する。

 そしてこれでは衆議院選挙での勝利が見通せないことから、自民党内では「菅おろし」が始まるという。新聞やテレビはよくもまあ単純思考の「お話」を作り上げるものだとフーテンは感心するが、政治は単純思考の世界ではない。

 東京で開催される五輪で日本のメダルラッシュは当初から分かっていた。JOC(日本五輪委員会)は金メダル30個を目標にしていたが、結果はそれに少し及ばなかった。しかしコロナ禍がどうなるか、本当に開催できるかは別問題で、中止せざるを得ない事態だってあり得た。

 五輪開会式当日の東京都内の感染者数は1359人だったが、大会期間中にみるみる増え、5000人を突破する日もあった。それが五輪の開催によっての増加かどうかは見方が分かれ、現状では「デルタ株の猛威のため」としか説明されていない。

 もし「デルタ株の猛威」が五輪の前に発生し、新規感染者数が5000人を超えて「医療崩壊」の危機が訪れていたら、東京五輪は開催されていただろうか。菅総理は「中止」を決断する可能性があった。そしてそれは菅総理の支持率を下げることにはならなかったと思う。

 実は「デルタ株の猛威」も専門家の間では予測されていた。だから五輪を開催することは「普通ではありえない」話だった。ところが中止されては困る人たちがいた。IOC(国際五輪委員会)や米NBCテレビはカネのため、そして2年延期ではなく1年延期を決断した安倍前総理とその後ろ盾の森喜朗氏らは、中止されれば1年延期の責任を追及された。

 メディアの言う東京五輪のメダルラッシュで勢いに乗り、9月に解散・総選挙で自民党総裁選の無投票再選というシナリオは、その中止されては困る安倍前総理の側が菅総理の鼻先にぶら下げたニンジンである。それを菅総理は拒否するわけにもいかないので、同調するふりをしていたとフーテンは見ている。

 自民党最大派閥を擁する安倍氏や森氏を敵に回すのは厄介なので、東京五輪開催を中止にはしないが、安倍前総理が「国際公約」した「完全な形での開催」を菅総理は実行しない。「無観客」という「不完全な形」にし、天皇も五輪に「祝意」を述べなかった。この2つの動きは連動しているとフーテンは見ている。

 偶然かどうかは知らないが「デルタ株の猛威」は「不完全な開催」に都合のよい具合に推移した。「中止」にするほどではないので無観客開催にすると、大会期間中に感染者が激増した。世論調査で国民は五輪が開催されて良かったと答え、一方では感染者激増で内閣支持率は下落する。そしてそれが中止されては困る側のシナリオを崩壊させた。

 中止されては困る側のシナリオの「肝」は、自民党総裁選より前に解散・総選挙をやらせようとしたことだ。しかし世論調査を見れば解散・総選挙どころではなくなり、自民党総裁選挙をやってから総選挙を迎えるしかなくなった。それは菅総理にとって実は困る話ではない。むしろ本音はそこにあるとフーテンは見る。

 安倍前総理の思惑は、東京五輪を開催させれば、必ずメダルラッシュになるので、その直後の解散・総選挙は自民党に有利になる。そうすれば多数の落選者が出ると予想される安倍チルドレンの減少が少なくて済む。そこで自民党総裁選に菅総理を無投票で再選させるというものだ。

 しかし無投票で選ばれた権力者ほど立場の弱い者はない。自民党最大派閥の言いなりにしかなれない。つまり安倍前総理の傀儡政権になる。自分の思い通りのことは何もやれない。それが安倍前総理ら五輪を中止されては困る側のシナリオだ。

 かつて中曽根元総理が竹下登氏に「禅譲」した時のシナリオがそれだった。自民党最大派閥を擁しながら中曽根元総理から権力の座を「禅譲」された竹下氏は、結局中曽根傀儡政権になるしかなく、中曽根氏が疑惑の本命だったリクルート事件に巻き込まれ短命政権に終わった。

 当時、金丸信氏や小沢一郎氏は総裁選を戦って総理の座を奪うよう説得したが、竹下氏はそれを振り切った。権力者は力で権力の座を奪わない限り、自分の理想を実現することができない。それをこの時フーテンは思い知った。

 一時期流布された「9月解散10月総選挙説」の背景には無投票再選の思惑がある。フーテンは菅総理は堂々と総裁選を戦って再選を目指せば良いと考えた。すると公明党の山口代表が「総選挙の前に総裁選をやるべきだ」と発言する。それは菅総理の本音を代弁したと思ったが、メディアの中には公明党が「菅おろし」を始めたとする頓珍漢な報道があった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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