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東京五輪開催を直接支持しなかったバイデン大統領と中止に言及した二階幹事長

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(577)

卯月某日

 日本時間の17日未明に行われた日米首脳会談は、対中包囲網の先頭に日本を立たせようとする米国の狙い通りに終わったが、フーテンが注目したのは東京五輪を巡る菅総理の変化と米国の冷ややかな対応である。

 首脳会談後の共同記者会見で、バイデン大統領は日米のさらなる協力関係を訴え、対中政策や気候危機への対応で緊密に連携していくことを強調したが、この夏の東京五輪については何もコメントしなかった。

 一方の菅総理は、これまで「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして実現する」と言ってきた東京五輪を、「世界の団結の象徴として実現する」と言い換え、「コロナに打ち勝つ」とは言わなかった。そしてバイデン大統領に「開催の決意」を伝え、「大統領から支持が得られた」と言った。

 この発言から2つのことが分かる。1つは夏までにコロナウイルスに打ち勝つことができないことを菅総理が認めた。もう1つはバイデン大統領が支持したのは菅総理の「決意」であり、開催そのものではないことだ。

 五輪開催国の総理から「開催のため頑張る決意」を表明されれば、「頑張ってください」と言うのが礼儀である。バイデン大統領の「支持する」はその意味だとフーテンは思う。それよりもこの時期に日米首脳会談が行われれば、大統領を開会式に招待するのが礼儀だが、そのやりとりもなかった。

 すでにIOCや東京五輪組織委は、海外からの観客を入国させない方針を決めている。バイデン大統領を招待すれば、それを巡って論争を呼ぶ可能性もあった。そのことを配慮したのかもしれないが、唯一の同盟国である米国の大統領を招待しないなら、他国の首脳を招く可能性も消えたとフーテンは思った。

 そして日本では大騒ぎしている日米首脳会談が、米国のメディアからまったく関心を持たれていないことも、共同記者会見でよく分かった。米国記者のバイデン大統領に対する質問は、銃規制を巡る内政問題と、外交ではイラン核合意をめぐる質問だけで、日米関係を巡る質問はなかったのである。

 最後にロイターの記者が「公衆衛生の専門家が日本は準備ができていないと指摘する中、開催に突き進むのは無責任ではないか」と菅総理に辛辣な質問を浴びせたのが、唯一の日本関連の質問だった。ところが菅総理はその質問に答えず、そこでバイデン大統領が記者会見の終了を告げた。

 昨年11月の米国大統領選挙の前、フーテンは東京五輪の実現について質問されると、いつも「トランプが勝てば実現の可能性は高いが、バイデンが勝つと分からなくなる」と答えた。IOCの決定などより、世界最大の選手団を擁する米国が参加するかしないかが、分かれ道だと思っていたからだ。

 トランプは「コロナは消える」と主張する大統領だから、「コロナに打ち勝った証し」として東京五輪の開催に前向きになるが、バイデンはその正反対でコロナ対策に熱心だ。感染状況を見極めてからでないと決めない。「科学に基づいて判断する」立場だ。

 17日の東京新聞朝刊「こちら特報部」は、4月14日に英国の医学雑誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」のサイトが、「東京五輪開催は考え直すべき」という論文を掲載したことを伝えた。

 論文には「ほかのアジア太平洋諸国と違って、日本はいまだに新型コロナウイルスを封じ込めていない。限られた検査能力とワクチン接種の遅れは政治指導力の欠如による。東京五輪開催前までにワクチン接種は間に合わないだろう」と書かれているという。

 医学界では権威ある雑誌なので、世界の医師に対する影響力を考えれば、医師の世界から東京五輪中止の声が広がっていく可能性がある。またメディアの世界でも、米国のニューヨーク・タイムズや英国のガーディアンは、4月12日、東京五輪開催を疑問視して五輪開催にこだわる日本を批判する記事を掲載した。

 日本でも世論調査で「五輪中止」に賛成する比率が増えている。時事通信の4月の調査では、「中止する」が39.7%、「開催する」が28.9%、「再延期する」が25.7%で、「中止する」が1位になった。にもかかわらず、それを堂々と主張する雰囲気を作らせない「空気」がこの国にはある。

 「空気」とは、政治とメディアが作り出し、真面目な庶民がそれに同調することで生まれる。東京五輪が東日本大震災からの「復興」をアピールすると言われれば同調し、次に「アベノミクス4本目の矢」として経済のためだと言われればまた同調し、しかし現在、すでに東京五輪は「復興」でも「経済」でもなく、「政治」のためだけの道具と化している。

 注目すべきはその「政治」の世界から、二階自民党幹事長が「東京五輪中止」を言い出したことだ。その真意はまだよく分からない。だがそれが菅総理の解散・総選挙戦略と絡んでいることは間違いない。日米首脳会談後の4月後半から5月にかけてフーテンには政局が動き出す予感がする。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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