Yahoo!ニュース

日米首脳会談が1週間延期された事情から見えてくるバイデンの思惑

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(576)

卯月某日

 菅総理大臣は15日夜、バイデン米大統領との初の対面での首脳会談に臨むため日本を出発した。当初は9日に予定されていた首脳会談の日程が、米側の意向で1週間延期されていた理由が見えてきた。

 バイデン大統領は非公式の代表団を14日に台湾に派遣し、15日に蔡英文総統と会談させた。派遣の名目は、米国が米中国交正常化で台湾と外交関係を断絶した後、台湾に武器売却を認めた「台湾関係法」の制定42周年に合わせたというものだ。

 「台湾関係法」は42年前の4月10日成立だから、本来は4月10日前後に派遣する予定だったと思われる。それで菅総理との日米首脳会談も9日の予定だった。ところが何らかの事情で台湾派遣が1週間延び、それによって日米首脳会談も1週間延期された。

 つまりバイデン大統領は、日米首脳会談を台湾への非公式代表団派遣と同時期に設定したかった。それを見ると、前回のブログで書いた通り、米側の狙いは台湾問題に最も重点が置かれるとフーテンは考える。

 そして注目すべきは、台湾に派遣された代表団の中にリチャード・アーミテージ元国務副長官がいることだ。アーミテージ氏は「ジャパン・ハンドラー」の一人として集団的自衛権の行使容認を日本に要求してきた人物である。2015年、安倍前政権はそれを受け入れ、憲法解釈を変更して安全保障関連法を成立させた。

 しかし安倍前政権の安保法制に米国は満足していない。平和憲法がある手前、集団的自衛権の行使には3つの条件が付けられた。「①日本の存立が脅かされる明白な危険がある場合。②武力行使以外に手段がない場合。③必要最小限にとどめる」である。つまりフルスペック(制約のない)の集団的自衛権行使は認められないというのが安倍前政権の立場だった。

 オバマ政権時代に成立した安保法制を、バイデン政権は台湾有事を理由に、さらに進化させたいと考えている。それが対面で会談する最初の相手に、英国やカナダの首相ではなく、尖閣問題で中国から圧迫されている日本の菅総理を選んだ理由だ。

 香港を強引に中国寄りに変容させた習近平政権は、次に台湾併合に乗り出すと見られ、米軍幹部は中国の軍事侵攻が6年以内に起こると予測する。台湾が軍事的に統一されればアジアにおける米国の影響力は無力化される。

 それを食い止めるには日本を巻き込み、対中戦略の先頭に立たせて軍事負担を負わせる。現在、米軍は日本、韓国、オーストラリアに基地を持つが、台湾には基地がない。台湾有事になれば前線拠点となるのは日本の在日米軍基地である。そして日本政府がフルスペックの集団的自衛権行使にどこまで近づけるか、それを試そうとしているのだ。

 だからバイデンは、米国の非公式代表団が台湾の蔡英文総統と会談した後で、それを見せてから日米首脳会談を行うことにしたのだ。一方の中国はこれに強く反発している。中国外務省の趙立堅報道官は14日、「どのような形式でも米台の公的往来に断固反対する。台湾独立の分裂勢力に誤ったシグナルを出すな」と米国政府に厳正な申し入れを行ったことを明らかにした。

 その一方で趙報道官は、ジョン・ケリー気候変動問題担当大統領特使が14日から訪中すると発表した。つまりバイデン政権は「台湾問題」で安全保障面での対中強硬姿勢を見せると同時に、「地球温暖化対策」で中国を枢要な協力国として接近する姿勢も見せたのだ。

 長年上院外交委員長として国際問題に関わって来たバイデンらしいやり方だ。中国に対して両面作戦をとり、トランプのように米中関係を単純化することはしない。また14日には、9月11日までにアフガニスタンから米軍を完全撤退させると発表し、米国史上最長となった戦争を終わらせる決意を示すという「3つの顔」を見せた。

 遠藤誉筑波大学名誉教授は、ケリー特使の訪中を巡り、バイデン政権の対中強硬姿勢に疑問を呈している。米国は、中国が米国の対中強硬を見て、気候変動問題で米国にすり寄っているというが、中国ではむしろ米国がすり寄ってきていると見ている。

 中国世論はケリーに対し「中国に来るより、原発処理水を海に垂れ流す日本に行け」と言い、「近隣諸国や国際社会に何の相談もなく、一方的に人類共通の海を汚染させることを許さない」と対日批判が激しさを増しているという。

 確かに菅政権が原発処理水の海洋放出を閣議決定した唐突さにはフーテンも驚いた。十分な根回しや説得をしないまま決定した背景に何があるのか疑問に思った。東京五輪を前にして、しかも秋までに選挙をやらなければならない政権がこのタイミングでなぜ選挙を不利にする決定を下すのか。

 フーテンはタイミングが日米首脳会談の3日前であることが気になった。米国務省のプライス報道官はこの海洋放出を支持する立場を表明し、またブリンケン国務長官はツイッターに「放出決定のための努力の透明性に感謝する」とコメントした。まるでこの決定には米側との事前調整があったかのようだ。

この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバー 2021年4月

税込550(記事6本)

※すでに購入済みの方はログインしてください。

購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。
ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

田中良紹の最近の記事