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コロナに敗れて権力を手放し訴追を免れなくなった2人の政治家

田中良紹ジャーナリスト

 今年8月に安倍前総理が病気を理由に退陣を表明した時、私は「安倍総理はコロナに敗れた世界初のリーダーと記録されるかもしれない」とブログに書き、11月には「トランプはコロナに敗れた世界で2人目の政治リーダーである」と書いた。2人とも新型コロナウイルスさえなければリーダーとしての政治人生を全うできたはずだからである。

 安倍総理の場合はコロナ禍がなければ夏に東京五輪が開催され、招致に成功した総理が開催時の総理も務めることで世界から注目を浴び、誰もが批判できない存在となることで、余力を持って岸田文雄氏に「禅譲」し、3度目の総理を目指すシナリオを書くことができた。

 トランプ大統領はコロナ禍がなければ再選は確実と思われた。2期8年という大統領任期を全うできなかった大統領はこれまで10人中3人しかいない。再選率は70%と高いのだ。勿論トランプを嫌う国民も多いが、コロナ禍が米国を襲うまで経済は絶好調だった。

 しかしトランプはコロナ禍への対応を誤った。当初は中国や欧州からの入国を禁止し、コロナ対策に巨費を投じ、朝鮮戦争時に作られた国防生産法を発動して自らを「戦時大統領」と称し、コロナと戦う姿勢を見せた。しかしそれが「大きな政府」を嫌う岩盤支持層の反発を招くと思ったのか、コロナとの戦いを州政府に任せた。

 民主党の知事たちはロックダウン(都市封鎖)を行って経済よりコロナとの戦いを優先する。これに共和党支持者は反発し、トランプもロックダウンより経済が優先との姿勢を鮮明にした。マスクをせずに大規模集会を開き、とにかくコロナを中国のせいだけにした。バイデンを中国寄りと批判するためにである。

 しかし現実は米国が世界最悪の感染者数と死者数を記録する。現在のコロナ死者数はベトナム戦争の戦死者の5倍を超え、第二次世界大戦の戦死者数29万人に迫っている。米国にとって最大の悲劇は50万人近い戦死者を出した南北戦争だが、このままだとそれを超える可能性もある。その現実がトランプの再選を阻んだ。

 しかしトランプは今でも敗北を認めない。選挙には不正があったと言い続ける。なぜ「悪あがき」とも見える態度を取り続けるか。それは敗北を認めた途端、数々の疑惑で訴追される恐れがあるからだ。

 2016年の大統領選挙を巡っては、トランプ陣営がロシアと結託してヒラリー陣営にサイバー攻撃をかけたとされる「ロシア疑惑」が捜査の対象となった。モラー特別検察官は「現職大統領は訴追されない」という司法省の判断を尊重したが、「疑惑がないわけではない」とも主張した。そしてトランプには「ロシア疑惑」以外にも、脱税疑惑や政治資金の不正流用疑惑など数々の疑惑が指摘されている。

 それらの疑惑は現職大統領でいるから訴追されずにきたが、大統領を辞めればその限りではない。従って来年の1月20日にバイデン大統領が就任しトランプが民間人になれば、捜査の対象となる可能性がある。そのためトランプが敗北を認めれば、国民の目はすぐさまトランプ訴追の話に向かうことになる。

 だからトランプは決して敗北を認める訳にはいかない。また12月14日に選挙人が投票し、選挙結果が確定しても選挙は不正だったと言い続ける。その一方、トランプは11月25日に「ロシア疑惑」で偽証罪に問われたマイケル・フリン元大統領補佐官に恩赦を与えた。大統領でいるうちに「駆け込み恩赦」で逃げ切る構えと見られる。

 しかし自分で自分に恩赦を与える訳にもいかず、選挙が確定してから退任するまでの間に辞任すれば、ペンス副大統領が大統領に昇格するから、ペンス大統領が恩赦を与えるという見方も出てきた。

 さらには10月の集会でトランプが「バイデンが勝ったらこの国から出ていく」と言ったことが憶測を呼び、「亡命」を考えているという説もある。米国の暗部を暴露したCIAのエドワード・スノーデンがロシアに亡命したことから、プーチンを頼ってロシアに亡命するというのだ。まるでフィクションの世界にしかない話である。

 トランプ陣営とその支持者たちは今でも逆転勝利を口にする。しかし世界は既にバイデン時代に備えている。直近で衝撃なのはイランの核科学者がイスラエル製の遠隔操作の銃で射殺され、イランが報復を宣言したニュースだ。またイスラエルのネタニヤフ首相が極秘にサウジアラビアを訪れムハンマド皇太子と会談した。中東がきな臭い。

 これをトランプが仕掛けた「駆け込み外交」とする見方がある。トランプがイラン核合意を復活させようとするバイデン政権を妨害するため、任期が終わるまでにイラン包囲網を強化する手を打ったというのだ。

 しかし別の見方もできる。トランプと親交のあったイスラエルとサウジアラビアは既にトランプを見切り、バイデンの米国に対し結束して対抗する姿勢を見せたのだ。極秘会談と言いながら知れ渡るようにしているのだから次期米大統領に対する動きである。バイデン政権の前途には困難な課題が山積みされているということだ。

 一方、コロナに敗れた1人目の安倍前総理も総理を辞めたため訴追の動きが出てきた。これで安倍前総理が描いていた3度目の総理就任の目はなくなり、政界引退が現実味を帯びてきた。

 菅義偉という政治家は私が知る田中角栄という傑出した政治家と同じとは思わない。だが置かれた立場に似ているところがある。田中は佐藤栄作の長期政権を自民党幹事長として仕えた。佐藤が官僚出身の福田赳夫を後継にしようと考えているのを知りながら、彼は総理の座を金の力で奪い取った。

 叩き上げであるから佐藤から命じられた汚れ仕事もやりこなし、いつか官僚主導の政治を変えようと思ったことが総理の座を奪った理由である。それがエリート層の神経を逆なでし、過去の「金脈」が追及され、さらにはロッキード事件で冤罪なのに有罪判決を受けた。

 菅総理は官房長官として安倍長期政権を支えた。安倍前総理が岸田文雄氏に「禅譲」しようとするのを知りながら、二階幹事長と公明党と手を組むことで、「岸田への禅譲」を「菅への禅譲」に切り替えさせた。

 叩き上げであるから汚れ仕事もいろいろやり叩けばホコリが出る。安倍前総理が「菅への禅譲」を決断したのは、ホコリの出る男はコントロール可能で裏切ることはないと思ったからだ。

 安倍前総理は「モリカケ桜」と河井克之・案里夫妻の公選法違反事件との関りというスキャンダルを抱えていた。国会で追及されると安倍前総理は、頭を下げて反省すれば済むものを、強弁一本で押し通す。「森友」では一切の関わりはないと強弁し、そのため財務省は公文書の改ざんを行う羽目になり、それをやらされた職員は自殺した。

 「桜を見る会」の前夜祭を巡っては、誰が聞いても嘘としか思えないパーティのやり方を何度も国会で繰り返し、政治資金収支報告書に記載がない事実を認めなかった。誰が聞いても嘘としか思えなくとも、安倍前総理が現職総理でいるうちはそれ以上の展開は起きない。

 しかし潮目が変わったのは黒川弘務前東京高検検事長の定年延長を強行しようとしたことだ。この無理筋の人事は安倍前総理が総理を辞めれば手が後ろに回ると恐れているように私には見えた。コロナ禍で国民が不安におびえている中、この人事の強行は国民の反発を買う。SNS上に批判が殺到し、安倍政権はついに法案成立を断念した。その時私は「安倍政権は死に体になった」とブログに書いた。

 検察は自民党から河井夫妻に渡された1億5千万円と安倍総理の関係を追及し始める。河井夫妻は逮捕され、金を受け取った政治家たちは検察に協力する形で証言を始める。それと前後して安倍前総理が「桜を見る会」に招待した「ジャパンライフ」会長の詐欺事件が立件された。

 すると安倍前総理の健康不安説が流され、麻生太郎氏や甘利明氏が同情を引く話を始めた。第一次政権投げ出しの時と同様にまた病気を理由に投げ出すのかと思っていると、本当に車列を組んで病院に行く姿を撮影させ、国民に持病の悪化を信用させた。そして安倍前総理はあっさり退陣表明を行った。

 しかし私はこの病気退陣を信用しない。本人も「病気で辞める」とは言わなかった。「正しい判断ができなくなることを恐れて辞める」と言った。それは「いずれ復帰する」という意味だ。そして叩けばホコリの出る菅官房長官に「安倍政治の継承」を言わせ、事実上の「禅譲」を行った。

 日本には「クビを差し出す」という言葉がある。自ら権力を手放せば「武士の情け」で追及する側は攻撃の手を緩める。私には数々の疑惑を追及されないように一時的に総理を辞め、再び復帰を図るシナリオに見えた。

 自民党第一派閥の細田派(事実上の安倍派)と第二派閥の麻生派を敵に回せば自民党総裁選には勝てない。菅総理には「安倍政治の継承」を言うしか総理になる方法はなかった。そして安倍前総理から自立するには、選挙をやって安倍・麻生連合の議員の数を減らし、菅・二階連合の議員の数を増やすしかない。私は解散・総選挙を巡り両者の暗闘が始まるだろうと思っていた。

 一方で菅政権の任期は来年9月までなので、安倍・麻生連合は菅政権をそこで終わらせ、その後を岸田氏にするか、安倍前総理が再び復帰するかのシナリオを描くと思った。岸田氏は麻生派にすり寄ろうとして自派閥を紛糾させ、岸田氏の目は限りなく小さくなる。

 麻生氏にすれば来年の総裁選を安倍前総理に託すしかない。それを意識してか安倍前総理の復帰への動きが顕著になった。病気を理由に退陣してから2か月しか経っていないのに、メディアには出るわ、IOCから五輪功労賞を貰うわ、ポストコロナの経済政策を考える議員連盟の会長に就任するわ、さらには総理の専権事項である解散の時期にまで言及した。

 これ見よがしな菅潰しの行動である。これでは「クビを差し出した」意味がない。権力を手放した人間がおとなしくしていれば追及はやむが、手放さないのなら話は違う。それが東京地検特捜部の「桜を見る会」を巡る捜査開始である。安倍前総理がどれほど国会で嘘をつき続けたかが一気に白日の下に晒された。

 読売新聞とNHKに情報のリークがあった。両者とも親安倍の報道で有名なメディアだった。検察からのリークかと思いきや、官邸からのリークだと言われる。官邸が安倍前総理の菅潰しに反撃したことになる。しかもその反撃力はすさまじい。

 政治資金収支報告書への記載がなかったことは秘書の責任になるだろうが、それより国会で嘘をつき続けた安倍前総理の政治責任は何にも代えがたいほどに重い。日本の政治史上こんなめちゃくちゃな嘘を言い続けた総理はいたのだろうか。前代未聞だと思う。

 子供だましの嘘を言い続けた人間を総理にすることなど考えられない。議員でいる事にも耐えられない。政治には嘘が必要なこともある。それは国民を幸せにする目的のためにつく嘘だ。それでも国会でつく嘘は処罰の対象になる。後に事実が分かれば、その政治家に対する評価は変わるだろうが、安倍前総理の嘘はそれとは真逆だ。

 反省して頭を下げれば良いものを、強弁して嘘をつきまくり、人を死に追いやることまでした。権力を手放すと見せかけて再び権力を握ろうとしたことが、その嘘を白日の下に晒した。安倍前総理に再々登板の目がなくなれば、菅総理が急いで解散・総選挙に踏み切る必要もなくなった。

 それにしてもやはりトランプ大統領と安倍前総理は似た者同士ということか。そう考えると日米嘘にまみれた時代が4年間も続いたことになる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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