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トランプの再選戦略と誰も勝者とは言えない2020米大統領選挙

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(548)

霜月某日

 次期大統領になることが確実視されている民主党のジョー・バイデン前副大統領は11月20日に78歳の誕生日を迎えた。来年1月に大統領に就任すれば歴史上最高齢の大統領の誕生となる。

 これまでの記録ではロナルド・レーガン大統領が70歳直前に大統領に就任し、78歳直前に退任した。2番手のドナルド・トランプ大統領は70歳を過ぎて大統領となり、現在は74歳だ。仮に再選されたなら78歳と7か月で退任することになり、最高齢の記録を塗り変えるところだった。

 この2人に比べてバイデン氏は78歳2か月で大統領に就任し、1期目を終えるのが82歳、2期目を目指すと86歳過ぎまで大統領でいることになる。「人生100年時代」と言われる昨今だから、判断能力さえ確かなら高齢でも構わないとは思うが、しかしバイデン氏には認知症の疑いがあるとの報道もあり、大統領誕生と同時にバイデン氏の健康状態は常に注目され続けていくことになる。

 ところでバイデン氏は勝利宣言を行ったが、トランプ大統領は依然として「敗北」を認めていない。選挙で「不正」があったと訴訟を起こし、一部の州では票の数え直しが行われているが、それでも選挙結果を覆すには至っていない。そこで言われているのがトランプが勝つための次の戦略である。

 米国の大統領選挙は国民が直接大統領を選出するのではない。国民が選ぶのは選挙人で、選挙人が投票して大統領を選ぶ。直接民主制ではなく間接民主制を採用している。全米50州に人口に見合った選挙人の数を割り振り、各州の投票総数で1位になった候補者が、選挙人の数を総取りできる州が48、票数を比例配分して選挙人の数を割り振るのが2州ある。

 その選挙人を確定するのが12月8日で実はまだなのだ。認定するのは州知事と州議会だが、州知事が共和党だからといって投票結果を無視して恣意的に選挙人を選ぶことはできない。バイデン氏が投票総数で上回っていれば民主党の選挙人団が認定される。こうして選ばれた選挙人が12月14日に投票する。そして結果をワシントンDCの連邦議会に送る。

 連邦議会の上下両院合同会議は1月6日に各州から集まった投票結果を開票し、そこで正副大統領が正式に決まり、1月20日に連邦議会議事堂前に作られた会場で大統領就任式が行われる。これが通常の流れだ。だがトランプ陣営は「不正が行われた」と主張することでこの流れとは異なる流れを作ろうとしている。

 接戦州で共和党が州議会の多数を占めているところに働きかけ、「選挙には不正があった」としてトランプ派の選挙人団に集会を開かせ、トランプ派の選挙人が投票した結果を連邦議会に送らせるのである。そうなると結果の異なる2つの投票証書が連邦議会に届く。

 これを開封する役目は上院議長である副大統領と決められている。現在で言えばペンス副大統領だ。結果の異なる投票のどちらを正式と認めるかで、ペンス副大統領がトランプの勝利と認めれば、オセロゲームのように接戦州の選挙人がバイデンからトランプに切り替わる。

 もう一つの可能性は、12月8日に確定するはずの選挙人を確定させないことで、両方ともが過半数の270に達しない状態を作り出す。1月6日になっても過半数の選挙人を誰も獲得できていないと、連邦議会の下院が大統領を、上院が副大統領を選ぶことになる。

 下院は民主党が多数だが、しかしこの選挙は1州が1票となり、現状では共和党が過半数の26票を持っているため、トランプ大統領が選ばれる。いずれも仮定の話で本当に実現するとは思えないが、しかしトランプ陣営が「不正」を主張し続けるのは、そうした戦略を推し進めるためと見られている。

 現在は、バイデンの一般投票総数とトランプの一般投票総数の差が600万票以上あり、選挙人の数も306人対232人と数字上はバイデンが勝っている。しかしそれをトランプ陣営が州議会や州知事に圧力をかけて覆すことになれば、米国の分断は深刻化し、内戦状態に陥る可能性があるとフーテンは思う。

 バイデンとトランプの票差が600万票以上あると書いたが、それを得票数で比べると7978万対7376万で、決してトランプが惨敗したわけではない。米国が真っ二つになったというのが、2020年米大統領選挙の結果である。

 真っ二つになったということは実は誰も勝利してはいない。勝者なき選挙が行われたということだ。それを裏付けるように大統領選挙と同時に行われた議会選挙では、下院で民主党が過半数を獲得したものの前回より6議席減らし、共和党は7議席増やした。

 上院では民主党が1議席増やしたが、まだ過半数には届かない。1月5日に行われるジョージア州の決選投票で民主党が2議席独占しないと、バイデン政権は誕生しても上院を共和党に握られ「ねじれ」に苦しめられることになる。州知事の分布を見ても全米50州のうち民主党が23州、共和党が27州で、共和党知事の方が多い。

 今回の選挙で争点となったのは、コロナ対策に重点を置くか、経済を重視するかだった。バイデンはコロナ対策を重視し、トランプはそれを徹底して批判した。米国はコロナ禍が世界最悪の国である。死者の数は25万人を超えた。ベトナム戦争の戦死者のおよそ5倍で、第二次世界大戦の戦死者29万人に迫る勢いだ。

 それほどの被害を出しながらバイデンの訴えは米国民の半分にしか届かない。それが米国の現実である。米国を我々の感覚で判断するととんでもない間違いを犯す。フーテンはレーガン大統領の時代から米国を取材してきたが、この国は「建前」と「本音」が食い違う。ダブル・スタンダード以上の国だ。それを嫌と言うほど見せつけられてきた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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