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何があっても後ろに引けない日米似た者同士の「危険な賭け」

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(489)

睦月某日

 これほど噛み合わない国会論戦がかつてあったかと思うほど今年の通常国会の幕開けは空しい。まず総理の施政方針演説とは、国家の現状をどう認識しているかを述べ、何が問題なのかを説き、それに対するこの1年間の政府の基本方針を訴えるものだと思っていたが、安倍総理のそれは初めから終わりまでオリンピックと未来の夢一色で、国民が一丸となって頑張ろうというシュプレヒコールにも似たアジ演説だった。

 これに対し野党は代表質問で、安倍総理が触れなかった「桜を見る会」を巡る疑惑やIR汚職、それに公職選挙法違反を疑われる2人の閣僚の任命責任などを追及したが、安倍総理はいずれも官僚が得意とする「決して非を認めない」態度を貫き、野党の追及をかわし続けた。官僚が作成した答弁書を棒読みする安倍総理の姿を見ると、来週から始まる予算委員会でも同じことの繰り返しになるのではないかと憂鬱になる。

 官僚が「決して非を認めない」のは自分たちが国家権力だという意識があるからだ。明治以来の官僚支配によって育まれた意識は、戦後に民主主義が導入されてもまだ変わっていない。「官僚は国民の僕(しもべ)」というのは「タテマエ」で、「ホンネ」では「決して愚かな国民の言うままになってはいけない」と考えている。

 だが選挙の洗礼を受ける政治家は国民に受け入れられなければならず、だから官僚のように「決して非を認めない」態度を貫くわけにはいかない。官僚は選挙で選ばれる職業ではないので国民に高圧的な態度で臨むことができる。官僚を律するのは法律だが、その法律のほとんどを日本では官僚が作るため、官僚は「決して非を認めない」存在で居られる。

 安倍総理は「森友疑惑」が明るみに出た時、「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」と強気の答弁を行い逆に疑惑を深めさせた。あの答弁は絶対に官僚ならやらない極めて政治家的な答弁だとフーテンは思った。選挙を意識するがゆえに強すぎる否定となり、それで墓穴を掘った。その反省から生まれたのがこの通常国会冒頭で見せている官僚的な答弁術ではないか。

 それは一時的には追及をかわす手段として有効かもしれない。しかし政治家には必ず選挙の時が来る。そしてこの官僚的な答弁の繰り返しが国民の心にどのように蓄積され、それが選挙に反映するのかしないのかはまだ分からない。だからフーテンに言わせれば「賭け」である。危険な「賭け」かもしれない。

 そして「桜を見る会」疑惑もIR汚職も2人の辞任閣僚を巡る疑惑も与野党が対決するだけでなく、政府与党内部の権力闘争が背後にあることが次第に浮かび上がってきた。後述するが複雑怪奇な「権力の興亡」を予感させる。

 安倍総理が代表質問を官僚的手法でかわしきった24日、海の向こうのトランプ大統領もフーテンに言わせれば「危険な賭け」に出た。ワシントンで開かれた人工妊娠中絶反対集会に現職大統領として初めて参加し演説したのである。

 米国では人工妊娠中絶を巡って国論が二分されている。キリスト教福音派を中心に保守派はフリーセックスや人工妊娠中絶を「家族の価値」を破壊するとして取り締まろうとする。それに対しリベラル派は「子供を産むか産まないかは女性が決める」と選択の自由を主張する。これが大統領選挙で必ず大テーマになるのである。

 フーテンが見てきた米大統領選挙で、支持率が90%近かったブッシュ(父)がクリントンに敗れたのは、経済の落ち込みもあったが、中絶反対派の弁護士を最高裁判事に指名したことが大きい。当時のワシントン市長は中絶を認めろと主張する女性だった。彼女の呼びかけで「ブッシュを倒せ!」と叫ぶ大規模なデモと集会がワシントンで催された。

 トランプはキリスト教福音派を支持基盤にしており、そのため福音派の要求に応ずる政策を採ってきたが、「ウクライナ疑惑」で弾劾裁判にかけられている中、福音派の雑誌が「道徳的に問題のある大統領は罷免されるべき」との主張を掲載した。その主張が福音派の中で支持を増やしつつあるというのである。

 トランプは2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントンを破ったとはいえ、得票数ではヒラリーより約300万票少なかった。代議員制のおかげで大統領になれ、しかも「ラスト・ベルト」と呼ばれる地域の貧しい白人労働者の支持を集めて勝利したが、米中貿易摩擦のおかげで「ラスト・ベルト」の白人労働者はトランプ離れを起こしている。

 トランプは民主党の大統領候補がひ弱に見えるため、一見有利に選挙戦を進めると見られているが、岩盤支持層であるキリスト教福音派の動向次第ではおしりに火が付きかねない。そこでこれまで現職大統領は参加しなかった中絶反対集会に参加して演説を行った。それは福音派を繋ぎとめるためだが、それがブッシュ(父)と同じように一般女性の反発を強め、どちらが有利になるかは分からない。フーテンには「危険な賭け」に見える。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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