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日本は再び「負け戦」をやめることが出来なくなる

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(423)

如月某日

 18日に行われた「統計不正」を巡る集中審議を見て、デジャヴ(どこかで見た)の感覚に捉われた。どこで見たかを思い出すと2年前の2月17日の衆議院予算委員会である。

 安倍昭恵夫人が名誉校長を務めていた森友学園に、国有地が大幅値引きされた問題で、関与を疑われた安倍総理は「私や妻が関係したということになれば、首相も国会議員も辞める」と強い否定の答弁を行った。

 総理が職を賭して否定したのだから、何もないのであれば、全力で問題の解明に当たるはずである。しかし値引きした財務省に資料が残されていないと当時の佐川理財局長が答弁すると安倍総理は怒らなかった。部下から資料がないと言われれば、それでは疑惑を晴らせないと叱りつけ、もっと探せと命じるはずだ。

 ところが安倍総理は怒らないどころか佐川局長を守る姿勢を見せた。これほど理屈に合わない話はない。嘘で塗り固めるとはこういうことかとフーテンは思ったが、その時のことが蘇ってきた。

 今回の統計不正問題は、政府が情報を偽装して国の実態を歪めていたというとんでもない話である。実態が歪めば政策の根拠も歪む。それが15年間も見逃されてきた。これでは日本政府だけでなく、政府統計を基に日本を分析し発表してきた学者やエコノミストは海外に顔向けできない。お恥ずかしい限りだ。

 安倍総理は国会で国民に謝罪の言葉を述べたが、国家の政策の基になる統計が歪められたことに、日本国のリーダーとして恥も怒りも感じていないように見えた。国家の恥を払しょくするには「褌を締めなおす」気概を見せるべき時だが、安倍総理の対応は他人事のようで軽々しい。

 「褌を締めなおす」には、まず着ている服を脱ぎ捨て、全裸になることだ。恥を忍んで過去のすべてを明らかにし、情報の扱い方を一から再構築しなければならない。ところが安倍総理も与党も口ではそれらしきことを言うが全くそうではない。

 関係者を国会に呼ぼうとしないことからそれが分かる。そして国会に招致された関係者も解明に役立たない後ろ向きの答弁ばかり行う。またしても嘘で塗り固められる国会になるのかと情けない思いの集中審議だった。

 毎月勤労統計を巡る疑惑には2004年に大規模事業所の全数調査を抽出調査に変更した問題と、2015年に中規模事業所の調査サンプルを変更した問題の2つあるが、野党はもっぱら2015年の安倍政権下での「アベノミクス偽装」追及に力を入れている。

 2015年に始まる調査サンプル変更の動きは、当時の中江総理秘書官が厚労省に「問題意識」を伝え、次に経済財政諮問会議の場で麻生財務大臣、甘利経済再生担当大臣、高市総務大臣らが後押しして2018年に実現した。するとその年の給与総額が3.6%もの大幅な伸びを示し「アベノミクス」の成果と強調された。

 野党はそれを「アベノミクス偽装」と追及しているのだが、そうなると安倍政権の方は「森友・加計疑惑」で使った方法を駆使して逃げようとする。18日の審議で中江前秘書官は「個人」の判断で厚労省に問題意識を伝えたと言い、安倍総理も「私は指示していない」と答弁して官邸主導であることを否定した。

 フーテンも安倍総理の指示ではないと思う。第一にそんなところにまで頭の回る総理ではない。総理を操る官邸スタッフがいて安倍総理はその神輿に乗っているだけだ。官邸スタッフがシナリオを書き、役所に圧力をかけ政策の遂行を迫るのが安倍政権のやり方である。「加計問題」でも安倍総理は何も知らないことにして、柳瀬秘書官や和泉秘書官が動いた。

 しかし秘書官がやったことの全ての責任は総理にある。それを「私は安保法制で忙しくてそんなことまで指示する暇はない」と嬉しげに答弁する安倍総理を見て、不思議な政治リーダーだと思った。自分が神輿の上に乗っているだけの存在であることを喜んで認めているのである。

 集中審議では、日本の敗戦後に占領軍のマッカーサー最高司令長官から「日本の統計はいい加減で占領政策が出来ない」と言われ、吉田茂が「統計が正確だったら無茶な戦争はしません。また統計通りだったら日本の勝ち戦だったでしょう」と語ったことが、吉田の孫である麻生財務大臣に対する質問の形で紹介された。

 吉田はそのため正確な統計を作ることに力を入れ、マルクス経済学者の大内兵衛や有沢広巳らに協力を仰いだ。戦後初の統計委員長は大内兵衛であり、傾斜生産方式を提唱し戦後復興を成功させたのは有沢広巳である。戦時中は2人とも特高警察に逮捕された経歴を持つが、にもかかわらず陸軍は太平洋戦争前に日米の国力の差を統計学者である有沢らに調べさせた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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