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トランプと金正恩のラブゲームの裏を探る

田中良紹ジャーナリスト

 トランプ大統領は24日、「予定されていたポンペイオ国務長官の北朝鮮訪問を中止するよう指示した」とツイッターで明らかにした。理由は「北朝鮮の非核化に十分な進展がみられないと感じているため」という。

 またトランプ大統領は「我々の通商姿勢の厳格化を理由に中国はかつてほど非核化のプロセスを後押ししていない」とし、ポンペイオ国務長官の訪朝は「中国との貿易問題が解決した後になるだろう」とツイートした。

 その一方で北朝鮮の金正恩委員長に対しては「温かい気持ちと敬意を表したい。まもなく会えるのを楽しみにしている」と愛情あふれるツイートで再会談に意欲を見せた。

 これを受けメディアには「北朝鮮の非核化に自信を見せていたトランプが初めて不満を表明した」と非核化交渉の停滞を印象づけようとする記事や、「ポンペイオ国務長官が訪朝しても金正恩委員長と面会できないためだ」と訪朝中止の原因を北朝鮮にあると解説する記事もある。

 それらの記事は北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しした過去の米国のプロパガンダに影響され、息の長い非核化など論外で今すぐに北朝鮮に核を放棄させるのが正義だとする思考で書かれている。

 しかしツイッターを素直に読めば、トランプは「原因は中国との貿易問題にあり、そのため重要なプレイヤーである中国を非核化交渉に組み込めず、それが解決するまでは国務長官の訪朝を見送る。しかし金正恩への敬愛は変わらず再び会いたい」と書いているのである。

 この5月にもトランプは「6月に予定されていた米朝首脳会談をいったん中止する」と金正恩に手紙を書いた。理由はトランプと金正恩の周囲が非核化の方法を巡って激しく対立していたためだ。ボルトン大統領補佐官とペンス副大統領が「リビア方式」を口にしたため金正恩の部下が敵意をむき出しにしていた。

 しかしこの時もトランプの手紙は「あなたの側が私の側に敵意を見せたので今回の会談は中止する。しかしあなたには会いたい。私に会いたいなら返事をくれ」というもので、私はブログで「これはトランプから金正恩に宛てたラブレターだ」と書いた。

 ところが安倍総理周辺は「金正恩はトランプの怒りに触れた。恐怖に震えた金正恩は韓国の文在寅大統領に助けを求めている」という「嘘」を流し、各国首脳が中止を見直すよう要求する中で、安倍総理一人だけが中止を支持した。それはまもなくトランプによって裏切られる。

 予定通り6月12日に米朝首脳会談は行われ、トランプと金正恩は2人だけで45分間会談した。その内容はいまだに誰にも明かされていない。その後の会見でトランプは金正恩を有能な政治家としてこれまでないほど褒めちぎった。

 米朝首脳会談後のトランプの1時間に及ぶ記者会見を見ると、トランプが金正恩に心を揺さぶられた様子が伝わってくる。通訳しか同席していない会談の様子は想像するしかないが、おそらく金正恩は独立国の指導者として「米国と対等」の立場を貫いたのだろう。

 金正恩はボルトン補佐官らが要求したCVID(完全で検証可能で不可逆的な核の解体)を絶対に認めず、しかし自分が責任を持って非核化を行うことをトランプに約束した。トランプはその約束を信じた。代わりにトランプは金正恩の体制保障を自らの責任において約束し、2人は互いに約束を信用することにした。

 もちろん2人はシンガポールで初めて会った。会ってすぐ相手を信用する気になった訳ではない。それまでに2人は丁々発止の戦いを繰り広げ相手の政治的資質を知り抜いていた。

 遡ればオバマ政権時代、米国は北朝鮮がまもなく米国本土に到達する核兵器を持つことを知っていた。クラッパー元国家情報長官はそのことに言及していたが「戦略的忍耐」を掲げるオバマ政権は何も手を打たなかった。

 オバマ政権から引継ぎを受けたトランプ政権は北朝鮮問題に本腰を入れる。とりあえず「すべての選択肢がテーブルの上にある」と軍事オプションをもほのめかす。しかし軍事オプションは周辺諸国に深刻なダメージを与えるのでやれる話ではない。ただ金正恩が脅しに屈するタイプであればやってみる価値はある。

 米国は春から原子力空母3隻を朝鮮半島近海に展開し、いつでも北朝鮮をミサイル攻撃できる態勢に入った。ところが金正恩は脅しに屈しない。ミサイル実験を平然と続け、昨年11月には米国本土に到達するミサイル実験を成功させた。そして核開発の完成を宣言する。

 その間、米国ではマクマスター大統領補佐官が全面戦争ではなく限定攻撃を模索するが軍はそれに賛同しなかった。軍事オプションを採れば必ず全面戦争になると軍は主張し、全面戦争になれば2000万人が死ぬと見積もられた。ソウルと東京が壊滅する話になる。マクマスターはトランプによって解任された。

 年が明けると金正恩は平昌五輪を利用し一転して平和攻勢をかけてくる。その政治的な身のこなしにおそらくトランプは感心した。ディールの相手として敵に不足はない、と言うよりその器量に惚れ込んだと私は思う。

 金正恩にとっても米国の価値観を押し付けてこないトランプは好ましい。そしてトランプは、民主党政権が始めたベトナム戦争を終わらせた共和党のニクソン大統領と似ている。ニクソンは反共主義者だがイデオロギーより現実を重視して共産中国と手を握った。

 トランプはイデオロギーよりビジネス重視だから北朝鮮の経済開発に関心がある。米朝は経済で「ウィン、ウィン」の未来を作ることが出来る。金正恩は経済開発に本腰を入れている。核開発はそのための手段であった。だから北朝鮮の経済復興が軌道に乗れば完全な非核化は充分にありうる。

 ただイデオロギーに忠実な人たちや善悪二元論に染まった人たちはそれを理解しない。その横やりを排除するには様々な工夫が必要になる。またトランプと金正恩が相手を信じたと言っても政治家の場合は友情を確かなものにするのに別の存在が必要になる。

 例えば金正恩にとってトランプに裏切られないためには中国の後ろ盾が必要だ。トランプにとっても金正恩に裏切られないために中国を噛ませることが必要になる。そして中国にとっても米国と渡り合うために北朝鮮は必要なカードである。この三者がバランスしないと北朝鮮の非核化と経済復興は頓挫する。

 またトランプと真逆の考えのボルトンが補佐官として存在することもトランプにとっては政治的に有効だ。一方で金正恩をけん制し、一方では米政権内の反対派を押さえる役割に使える。独裁体制は独裁者の思うままに外交をやれるが、民意を無視できない体制では民意をコントロールする様々な工夫が要るのである。

 そうした上に立ってトランプと金正恩のラブゲームは進展する。従って現在、中間選挙を睨み中国との貿易赤字削減で国民の拍手喝さいを浴びようとするトランプは、そちらに全力投球することにしたのだろう。当初の予定とは違って北朝鮮問題を中間選挙後にずらしたが、それでも金正恩との信頼関係は揺らがないとツイートしたのである。

 ポンペイオ長官が訪朝すれば北朝鮮は核のリストを申告することになっていた。その見返りに朝鮮戦争の終戦宣言を北朝鮮は求めていた。それが中間選挙後になりそうだ。中間選挙は上院で共和党が多数になることは確実で、下院では民主党優勢が伝えられている。下院で民主党が多数になれば大統領弾劾が現実になる。

 しかし下院で弾劾されても上院の3分の2の賛成がなければ大統領を辞めさせることは出来ない。そのため中間選挙の結果だけでトランプが辞任することはなさそうだ。そうなると2020年の大統領選挙が大きな山場となる。金正恩にとって共和党政権の存続だけでは意味がない。ボルトンやペンスがいる共和党では駄目なのだ。どうしてもトランプ政権を続けさせる必要がある。

 従って金正恩はトランプ政権が続くように協力する。2020年大統領選挙とその後4年間の長い道のりのどこで核リストを申告し、申告されたリストを国際社会が検証し、核弾頭の無力化に取り掛かるか、その日程をトランプに有利になるよう協力する。

 一方で朝鮮戦争の終結と米国との平和条約締結がトランプの約束した金正恩の体制保障になる。それはアジアの冷戦を終わらせ、東アジアの安定に大きく寄与するが、これも紆余曲折があり単純にはいかないだろう。しかし成功させるには何よりもトランプと金正恩の権力を維持させることが必要になる。

 トランプが金正恩に敬愛の念を表明するのはそのためだ。日本の安倍総理は世界で最もトランプと親しいことを「売り」にしてきたが、それはなんでも言うことを聞くので便利なだけで、政治家として評価されているわけではない。安倍総理とトランプ大統領の間には金正恩委員長との間にあるような政治も外交も東アジアの未来も存在しない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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