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一般教書演説のパフォーマンスと駐韓米国大使の不在

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(352)

如月某日

 トランプ大統領の一般教書演説は11月の中間選挙を意識して政権の経済的成果を強調し、不法移民対策で対立する民主党には、子供の時に親に連れられ不法入国した人々の救済策を提示する代わりメキシコ国境の壁の建設予算を認めるよう呼びかけた。

 演説に対する評価は様々である。アフリカ諸国や中米ハイチを貶める暴言を吐いた直後だけに「行儀の良い演説」と国民が好感する一方、議場では民主党議員が抗議の姿勢を見せたことから「分断」を強めたと批判する見方もある。

 しかし何と言っても注目しなければならないのは、北朝鮮で逮捕された米国人学生の両親や脱北者を議場に招き、北朝鮮が「残忍な独裁体制」であることを印象づけるパフォーマンスを行ったことである。フーテンは北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだ2002年のブッシュ(子)大統領の一般教書演説を思い出した。

 その4か月前に米国は9・11同時多発テロに襲われ、ブッシュ(子)大統領は「テロとの戦い」を叫んでテロの首謀者を匿っていると見られたアフガニスタンに攻撃を仕掛けた。

 この攻撃は国連が主導するのではなく国連決議を必要としない集団的自衛権の発動によるものである。英仏独加が攻撃に参加し2か月ほどでアフガニスタンを制圧、12月末にはカルザイ政権を誕生させた。

 そして1月の一般教書演説でブッシュは、さらにイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び敵を拡げた。レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだことと、第二次大戦で英米が日独伊三国を「枢軸国」と呼んだことから作られた「悪の枢軸」だが、北朝鮮は「邪悪な国」と名指しされたのである。

 これが契機となり北朝鮮はNPT(核拡散防止条約)から脱退する。そして03年3月、イラクが大量破壊兵器を持っているとの嘘情報を根拠に米国がイラクを先制攻撃しサダム・フセインを処刑すると、北朝鮮は核開発を本格化し、05年に核兵器保有を公式に宣言する。06年には初のミサイル実験と核実験を行った。

 

 つまり北朝鮮に核・ミサイル開発を本格化させたきっかけは02年の一般教書演説である。それが今や米国本土を射程圏内に収めるところまできた。北朝鮮の金正恩労働党委員長は今年の新年の辞で「核戦力を完成した」として「核抑止力保有」を宣言した。

 専門家は北朝鮮の核開発について「まだ核兵器の小型化とミサイルの大気圏再突入技術は完成していない」と見ているが、ロシアのプーチン大統領は1月11日の記者会見で「金正恩氏はこのゲームに勝った。金氏は情勢を鎮静化させることに関心を持っている。しっかりとしていて既に熟練政治家だ」と述べた。

 これが何を意味するかだが、北朝鮮が米国本土を射程に入れた核戦力を持つことはロシアにとっても脅威である。ロシアも北朝鮮の核開発は抑えたいが、それをやるのに金正恩委員長を挑発するより対話と妥協の道を探る方が重要と考えている。

 ところが米国の軍部は当然の任務としてあらゆる作戦を用意しなければならない。北朝鮮の核施設を地上部隊が制圧する作戦や、金正恩氏を抹殺して体制を変える「斬首作戦」、また限定攻撃で金正恩氏の目を覚まさせる「鼻血作戦」など様々な作戦が考えられている。

 しかし作戦を作るのは軍部だが、実際にやるかどうかを決めるのは大統領である。また議会が賛成しなければ財政的裏付けは得られない。戦争に踏み切るには大統領と議会の決断が必要なのである。

 そして現在検討されている作戦は、いずれの場合も北朝鮮の反撃の可能性があり、韓国や日本に甚大な被害が及ぶ。常識的には同盟国を破滅させる作戦など考えられないが、しかし米国という国は普通ではない。世界で唯一原爆を使用した国である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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